玄関に並んだ靴を見て、掃除機のスイッチを切った。
夫と、亡くなった前妻との間に生まれた双子の子どもたちが、近いうちに家へ来る。腹はくくったつもりなのに、落ち着かない。
「今日からママって呼べ」
最初の顔合わせは、夫の提案で我が家になった。
カレーの匂いが残る食卓で、双子は背筋を伸ばして座り、スプーンを握ったまま遠くを見ていた。
そこへ夫が一歩前に出て言った。
「今日からはママって呼べ。ここが家だ」
止めようと口を開いたが、間に合わなかった。
双子の一人が固まり、もう一人は椅子を少し引いた。
「やだ」「帰る」子どもたちの声が重なった。
夫「家族だろ」と迫る
夫は眉を寄せて、子どもたちを見た。
「家族だろ。ママって呼びなよ。お前らも分かってくれ」
二人は黙り、うつむいた。スプーンは動かない。
ここで押したら壊れる、と分かった。
「今日はここまでにしよう。おばちゃんの家まで送っていくよ」
夫が私を見た。「待てよ。せっかく来たのに」
「二人が怖がってる。呼び方は本人たちが決めることにしよう。今日からの同居は難しいよ」
私は双子に上着を着せて、玄関へ向かった。夫はついては来なかった。
その夜は、今身を寄せている親戚の家まで送り届け、「またね」とだけ伝えた。
今日は戻そう、呼び方は自由
家に戻る前に、車を停めて予定を立て直した。焦っても意味がない。
翌朝、市の子ども家庭の相談窓口に電話し、午後に話を聞いてもらった。
事情を話すと、担当の人はゆっくり確認しながら言った。
「呼び方を大人が決めるのは逆効果になりやすいです。子どもが選べるようにしてください。生活の変化は一度に一つまで。まずは短時間から始めて、本人たちが『大丈夫』と思える範囲を広げていきましょう」
私はメモを取りながらうなずいた。
「呼び方は強制しない。嫌なら戻せる前提で始める。段階的に、ですね」
市の相談窓口で聞いた話
帰宅して、片付けを終えた夫にノートを見せた。
「相談に行ってきた。今は押すより、二人のペースを守るのが大事だって」
夫は腕を組み、言葉を選ぶように間を置いた。
「俺だって急かすつもりはなかった。ただ…居場所を早く作りたくて」
「作るなら、怖くない場所にしよう。呼び方は任せよう。私は名前で呼ばれてもいい」
「それで家族になれるのか?」
「なるためにやるんだよ。焦って決めるより、安心して過ごせる時間を増やす。窓口でも同じことを言われたよ」
夫はノートを手に取り、ページをめくった。
「分かった。俺も話を聞いてみる。似た立場の人の集まりがあるなら行く」
「週末から一泊でどう?」
私は提案をはっきり口にした。
「今週末は昼ごはんだけ。次の週は一泊。二人が嫌なら途中でも帰ってもらおう。呼び方は二人が決める。これで始めたい」
夫はうなずいた。
「まずは昼だな。俺が迎えに行く。『泊まるかは自分で決めていい』って伝える」
週末、双子は昼だけ来た。夫とボードゲームをし、私は台所でおやつを用意した。
片方が私を下の名前で呼び、もう片方は「ねぇ」とだけ言った。それで十分だと思えた。
翌週の一泊は、寝る前に不安そうな顔が出た。
夫が布団の横に腰を下ろし、「無理なら帰ろう」と伝えると、「今日はここで寝てみる」と返ってきた。
夜中に一度起きたので水を渡すと、すぐ落ち着いた。朝、「パンケーキ作る?」に小さくだけど笑顔で頷いてくれた。
四人の距離が少しずつ近づく
それからは、二人のペースを大切にした。
宿題は今までどおり親戚の家でやる約束にして、我が家では遊ぶだけの日もあった。
呼び方は日によって違う。名前で呼ぶ日もあれば、呼ばない日もある。
夫は仕事の合間に支援グループに通い始め、夜は双子の話をよく聞くようになった。
私も、急がない段取りを家の中に増やした。食器の場所を一緒に決めたり、歯ブラシを二本ずつ用意して「気が向いたら使ってね」と置くだけにしたり。
ある日、双子の一人がリビングで言った。
「次の休み、二泊してもいい?」
夫はコップを置いて私を見る。私はうなずいた。
「いいよ。必要なもの、二人で決めて持っておいで」
その日、もう一人が私を「名前+さん」で呼んだ。私は返事をして、洗濯物を畳み続けた。余計な言葉は言わない。
その後
帰り際、玄関で夫が小さな声で言った。
「最初の日、俺、間違ってた。あの時止めてくれてありがとう」
「みんなでやっていこう。焦らないで」
四人の暮らしは、少しずつ形になっている。
「ママ」という言葉が出なくても、同じ食卓で笑える時間が増えた。それでいいと思えた。
さいごに
急いで呼び名を決めるより、安心して過ごせる時間を積み上げるほうが結果は出やすいのかもしれませんね。
読んでいて「今日は戻そう」のひと言に救われた方もいるでしょう。
家族の呼び方、あなたの家ではどう決めていますか?
焦りそうになったとき、誰のペースを優先しますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



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