祖母が亡くなってから、台所の空気が少し変わった。誰かが欠けた分、誰かが大きな声を出す。その声の主は、夫の父の姉、つまり私にとっては夫の伯母だった。
「本家の嫁なんだから」。その言葉が、私に向けて飛ぶようになったのは、葬儀が終わって最初の週末だった。
「本家の嫁だから」が始まった
四十九日の打ち合わせの前日、伯母から電話が来た。
「明日は早朝5時から台所に入って。床も拭いて。若いんだから動けるでしょ。うちは本家なんだから」
私は予定を伝えた。「10時に集まるって聞いてます。朝の掃除は前日に済ませましたよ」
「それはそれ。昔からのやり方があるの」
伯母はそう言って切った。受話器を置くと、夫が気づいて近づいた。
「また『本家の嫁』って言われた?」
うなずくと、夫は「母さんに一度話そう」と言った。
「『おばあちゃんが言った』の一点張り
翌朝、義実家に入ると、伯母はエプロン姿で腕を組んでいた。
「おはよう。お茶碗、全部洗い直して。おばあちゃんも言ってたの。若い嫁は台所を守るものだって」
台所の端で、義母が困った顔をした。「母はそんなふうに言う人じゃなかったけど…」
伯母は眉を上げた。「あなたの母よ? 一番わかってるでしょ」
私は言い返したいことを飲み込んで、当番表の紙を出した。前夜、夫と相談して作ったものだ。配膳、受付、車の送迎、買い出し、会計。男女も年齢も関係なく、名前を書くだけの簡単な表。
「これで分けませんか? 誰か一人に負担が寄らないように」
伯母は紙も見ずに手を振った。「そういうことは、若い人が動いてから言うの」
その場は言い合いにならないよう、私は拭き掃除に回った。夫は親戚に声をかけて送迎係を募ってくれた。義母は仏間の準備を始めた。
仏壇の引き出しから手紙が出た
準備の途中、義母がふと思い出したように言った。「入院中、母から『次の法要の前に、仏壇の引き出しを見て。皆で読んで』と言われていたの」
義母が引き出しを開けると、白い封筒が一つあった。表には祖母の筆で、伯母の名前と「皆と一緒に読んで」と書いてある。
義母が私と夫を呼んだ。年賀状で見慣れた祖母の字で、今ここにいる全員に宛てた内容だと分かる書きぶりだった。
「親族がそろったら読もうか」
義父も来て封筒を確かめ、「母さんの字だな」と言った。準備の手を止め、居間にいた親族を仏間へ集めた。
義母「『嫁の務め』で押しつけない」
伯母が座布団の上で胸を張った。「母からの手紙なら、私が読んでも」
義母は首を振り、封を切って中の便箋を広げた。そして、はっきりとした声で読み上げた。
「若い家族の暮らしへ口を出さないこと。『嫁の務め』という言葉で仕事を押しつけないこと。昔の形にこだわらず、みんなでできるやり方で続けておくれ」
部屋のあちこちで息をのむ音がした。義母は続けた。
「続きがあるよ。『あなたは面倒見がよすぎるから、時々強くなる。相手の暮らしを壊すほどの正しさは、正しくない』」
伯母が口を開きかけたが、言葉が出ないようだった。いとこが小声で「おばあちゃん、やっぱり優しい」とつぶやいた。
義母は便箋を畳み、伯母に渡した。「お義姉さん宛てだけど、『皆と一緒に読んで』ってある。今日は、この言葉に従おう」
伯母は言いよどみ、当番表に乗った
義父が私の持っていた紙を受け取り、居間の机に広げた。「じゃあ、当番を決めよう。送迎は俺と従兄、受付は兄さん夫婦、買い出しは若い組で。配膳と台所は交代で入ればいい」
伯母が小さく手を上げた。「私も、できるところはやるわ。さっきは…言いすぎたね」
夫が私を見てうなずいた。私は配膳の欄に自分の名を書き、買い出しの横に夫の名を書いた。すぐ横で、いとこたちも次々とペンを走らせた。
午前中の台所は、二人一組で交代。皿洗いは男性陣も袖をまくり、伯母はお茶の差し替えと受付の金額チェックに回った。誰か一人が「若いから」という理由で背負う場面は、もうなかった。
その後は親族みんなで分担に
四十九日、一周忌と行事が続いても、当番表は定着した。最初に私へだけ飛んできた「本家の嫁だから」という言葉も、聞かなくなった。
伯母は法要のたびに仏間の写真立てを拭きながら、祖母の遺影に向かって「肝に銘じてるよ」と小さく話しかけていた。私に会うと、「この前は助かった」と短く礼を言うようになった。
祖母の手紙は、仏壇の引き出しに大切にしまわれている。表にはそのまま「皆と一緒に読んで」。次の代が読む日まで、きっとこの家のやり方を支えてくれると思う。
さいごに
昔からの慣習でも、特定の人だけに負担が偏っているなら見直す余地があります。家族行事の準備を分けるとしたら、あなたは誰と何を最初に話し合いますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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