義母からのLINEが怖くて、毎週日曜の夕方になると胃が重くなっていた。
「今週の献立はどうでしたか」「習い事の費用、見直した方がいいんじゃないかしら」
——そんなメッセージが、何年も続いていた。
「母は心配性なだけ」という夫の言葉が、一番しんどかった
義母からの指摘は、悪口という形ではない。
丁寧な文章で、おだやかなトーンで届く。
でも毎週積み重なると、じわじわと自分の選択を否定されている気分になってくる。
献立にケチをつけられたとき、夫に話した。「お義母さんのLINE、毎週すごく細かくて……」
返ってきたのは「母は心配性なだけだよ。悪意はないって」の一言。
その言葉が、どれだけ私をすり減らしたか。悪意がないのはわかってる。でも、だからといって私が感じる疲れは消えない。
——そこを汲み取ってほしかっただけなのに。
夫のスマホに映っていた、たった一行
ある夜、夫がスマホを充電しながらソファで寝落ちしていた。
テーブルの上に画面がロックされないまま置かれていて、義母とのトーク画面が開いていた。
覗くつもりはなかった。でも、目に飛び込んできた一行が頭から離れない。
「最近うちの食費が増えてるんだよね」
夫が、義母に送ったメッセージだった。
義母ではなく、夫が「ネタを渡していた」
頭が真っ白になって、それからゆっくりと整理した。
義母は何もないところから指摘を飛ばしていたわけじゃなかった。
夫が「食費」「子どもの習い事」「最近の生活」を、細かく報告していたのだ。
義母が心配性なのは本当かもしれない。でも、心配の「材料」を渡し続けていたのは、ほかでもない夫だった。
怒りが湧いてきた。当然だと思う。でも不思議なことに、それと同時にもうひとつの感覚が込み上げてきた。
——私、ずっと義母を「敵」にして、夫を「盾」として使おうとしてたんじゃないか。
「あなたから言ってよ」と頼み続けてきた私
思い返せば、義母への不満を夫に話すたびに、私は必ず「あなたから言ってほしい」と求めていた。
直接やりとりするのが怖くて、夫に間に入ってもらうことだけを期待していた。
でも夫は、間に入るどころか、義母と普通に連絡を取り合い、家の中の情報を流し続けていた。
それが「家族に報告する」という感覚だったのか、義母への気遣いだったのかはわからない。
でも私は、夫が「盾になってくれるはず」という前提で動いていた。その前提を、一度も夫に確認していなかった。
夫の「母は悪意がない」という言葉に傷ついていたのは本当だ。でも私も、「夫が察して動いてくれるはず」という期待を、言葉にせずに押しつけていたのかもしれない。
さいごに
義母の干渉がつらいのも、夫の言葉に傷ついたのも、どちらも本物の気持ち。それでもスマホの一行が、夫婦の間で言えていなかったことを浮かびあがらせてくれた——なんともせつない話です。
「言わなくてもわかってくれるはず」って、つい期待してしまうこと、あなたにもありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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