同棲中の彼が在宅勤務になってから、「会議中だから入るな」と寝室のドアを閉めることが増えた。
その日は、男性の低い声と聞き慣れない女性の笑いが混じって聞こえた。
私はお茶を片手にドアの前に立ち、胸の中に小さな引っかかりを抱えた。
『会議中、入るな』の違和感
「お茶ここに置くね」と声をかけると、「いらない。入らないで」と短い返事。
ドアの隙間から、ノートPCの光が漏れている。
少しだけのぞいた。画面には柔らかい照明の部屋、画面の端に女性の姿。
「来月、どこ行く? 海がいいな」「じゃあ、沖縄かな。二人でゆっくり」
打ち合わせのテンポじゃない。けれど、本当に会議なら割り込むのは非常識だし、今は確かめようのない憶測でぶつかっても逃げられるだけだと思った。私はお茶をテーブルに戻し、夕食の準備を続けた。
「仕事の雑談だよ」に残るもやもや
ほどなくして彼が出てきた。
「さっきの、会議?」と聞くと、彼はうなずいた。
「クライアントが女性でさ。雑談も多いんだよ」
雑談で「二人で沖縄」は変だ。飲み込んだ言葉が残る。
そのとき彼が自分のスマホをテーブルに置いた。
「このあともう一本打ち合わせがある。デリバリー頼んでおいて。メッセージアプリのクーポン使って」
そう言って彼はまたドアの向こうに消えた。
クーポンを開くと“沖縄予約”の一文
言われた通りにメッセージアプリを開き、クーポン画面を探す。
トーク一覧のいちばん上に、見覚えのない女性のアイコンと名前。ハートの絵文字つき。
最新のトークに「来月の沖縄、朝食つきで予約したよ」と出て、指が止まった。
クーポンはそのまま使って注文した。ついでに開いていたブラウザの検索履歴には「沖縄 カップル向け ホテル」「サンセット ディナー 服装」「名入れ ペアグラス」とあった。
私は自分のスマホで、彼のスマホに表示されている画面を写真に撮った。勝手に開いたわけじゃない。彼に頼まれてアプリを開いたとき、偶然、上に表示された内容だ。
トーク一覧の同じ段に、ほかにもハートの付いたメッセージがある女性名が2つ。「この前の写真送るね」「週末、温泉どう?」とプレビューに出ているのが目に入った。必要以上に探らず、見えた範囲だけを撮っておいた。
「仕事なら、ここで確認して」
夜、食事を片付けたタイミングで、私はテーブルに自分のスマホを置いた。
「これ、さっきの。『来月の沖縄、朝食つきで予約』って、仕事の付き合いで言う?」
写真を見た彼は顔をしかめた。「営業トークだよ。盛り上げてるだけ」
「じゃあ、この検索履歴は? カップル向けのホテルや名入れのペアグラス。営業で予約まで済ませるの?」
私はもう一枚の写真を差し出した。
彼は言いよどみ、次に出たのは「覗くなよ。プライベートだろ」という声。
「クーポンを使ってって、あなたが言った。開いたら一番上に出てた。表示された内容を、そのまま私のスマホで撮っただけだよ」
私は事実を順番に言ったうえで、もう一歩踏み込んだ。
「本当に仕事なら、今ここで確認しよう。さっきの人に『会議でしたよね』ってメッセージを送って、スピーカーにして返事を聞かせて。あるいは会社名を教えて。あなたの上司に『二人で沖縄』が営業トークなのか聞いてみよう」
「それは…今は無理だよ」彼は目をそらした。
そして突然、「結婚するつもりだったんだよ。でも段取りがさ…」と言い出した。
「誰と? 私となら、指輪や親への挨拶、いつの予定?」
問いに、彼は具体を出せなかった。「その、タイミング見てて…」と濁すだけ。
「鍵、返して」私が決めた理由
口先だけの説明で、画面に残った事実は消えない。
私は合鍵を取り出し、彼の前に置いた。
「私は終わりにする。鍵、返して」
「待って。誤解もあるし、ちゃんと話そう」
「誤解はないよ。『二人で沖縄』は仕事じゃないし、同じような相手も複数いた。今ここで確認もできない。これ以上は、言い訳が増えるだけ」
彼は渋々ポケットから鍵を出し、テーブルに置いた。金属が当たる音がして、それで区切りがついた。
私は最低限の荷物をまとめ、その夜は実家に泊まった。
その後
翌朝、彼から長文のメッセージが届いた。「本気だった」「別れるつもりはなかった」「あれはノリだった」。
前夜と同じ言い訳の繰り返しだと分かっていたからだ。私は既読も付けず、連絡先をブロックした。
共同で使っていた日用品は、置いてきた分を彼に譲ることにした。お金のやり取りを増やす気はない。
今は、休みの日に好きなパン屋に寄って、公園でコーヒーを飲む。誰の予定にも合わせない時間が戻ってきた。
9年分の悔しさは簡単じゃない。でも、私の毎日は身軽だ。
さいごに
長く一緒にいると、違和感をのみ込んでしまいがちです。でも、目の前の事実は勝手に良い方へ変わりません。
「似た場面、あったな」と思う人もいるはず。小さなサインのうちに確かめること、怖いけれど大事ですね。あなたなら、最初の一歩をどう踏み出しますか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

コメント