婚活アプリで出会った35歳の彼と付き合って半年。初めて彼の家へ挨拶に行った日、応接間には古い家系図が額に入れて飾られていた。
彼の母の視線が、私の服装からバッグまでゆっくり動く。
嫌な予感がした。
「ご実家は何のお仕事?」
席に着くなり、質問が始まった。
「ご出身は?」
「お父様は何のお仕事?」
「お母様は?」
「大学はどちら?」
私は一つずつ答えた。
父は地元の企業に勤めていること。母は専業主婦であること。私は地元の国立大学を卒業したこと。
彼の母は、湯飲みを置きながら小さく眉を寄せた。
「そう。……なるほどね」
ほんの短い相づちなのに、何かを採点されているような気がした。
「前の彼女のお子さん、かわいかったのよ」
お茶のお代わりを勧められた頃、なぜか話題は彼の以前の交際相手に移った。
「前に付き合っていた方には、小さなお子さんがいてね。三歳くらいだったかしら。まあ、かわいくて」
彼の母は懐かしそうに笑った。
「おもちゃを送ったり、お正月には着るものを用意したりしたのよ」
私は「そうなんですね」とだけ答えた。
すると、彼の母が続けた。
「でも、やっぱり育ちは出るでしょう?」
笑顔のまま、こちらを見る。
「あなたのご実家のお話を聞いていると、もし将来子どもを持つなら、少し心配かなって。うちはうちで、家として大切にしてきたものがあるから」
「母さん」
彼が低い声で止めた。
けれど、彼の母は気にする様子もない。
「前の方のご実家はきちんとしたお家だったの。所作も言葉遣いもきれいでね。やっぱり、そういうところって出るのよ」
胃のあたりが重くなった。
まだ結婚もしていない。
子どもだっていない。
それなのに、存在すらしていない未来の子どもまで、もう値踏みされていた。
「少し考えたい」と伝えた夜
その夜、私は彼に電話をした。
「ごめん。今日言われたこと、私は受け止めきれない」
彼は黙って聞いていた。
「私のことだけならまだしも、まだいない子どもの育ちまで決めつけられる家に入るのは怖い」
しばらくして、彼が言った。
「……ごめん。俺もあそこまで言うとは思ってなかった」
少し間を置いて続ける。
「一度、三人でちゃんと話さない?」
私は迷った。
けれど、このまま曖昧にして交際を続ける気にもなれなかった。
そこで駄目なら終わりにしよう。
そう決めて、もう一度だけ会うことにした。
「その会社って、もしかして……」
数日後。
彼が予約した店の個室で、三人で向き合った。
彼の母は少し気まずそうにしていたものの、話し始めるとまた家の話に戻った。
「この前は言い方が悪かったとは思うの。でも結婚となれば、ご実家のことも多少は知っておきたいでしょう?」
私は頷いた。
「前回、父は地元の会社に勤めているとだけお話ししました」
そして、会社の正式な名前を伝えた。
彼の母の表情が変わった。
「……え?」
聞き返されたので、もう一度答える。
「祖父が始めた会社です。今は父もそこで働いています」
彼の母が少し身を乗り出した。
「その会社って、県内で昔からある……?」
「はい」
今度は母方の実家について聞かれたので、母の旧姓を答えた。
彼の母はしばらく黙った。
「……もしかして、あのお家?」
さっきまでとは明らかに声の調子が違っていた。
「そういうご実家なら、最初に言ってくださればよかったのに」
その一言で、逆に気持ちが冷静になった。
私は彼の母を見た。
「それを言ったら、何か変わるんですか?」
「え?」
「父の会社や母の実家が、あなたの知っている名前だったら、私は結婚相手として大丈夫になるんでしょうか」
彼の母は言葉に詰まった。
私は続けた。
「もしそうなら、やっぱり私は嫌です」
彼も黙って母親を見ていた。
「私の家がどこかで態度が変わるなら、最初に言われたことと同じだと思います」
部屋が静かになった。
やがて彼の母が目を伏せた。
「……失礼なことを言ったわね」
初めて、声から勢いが消えた。
彼が口を開いた。
「母さん、俺もそれが一番嫌だった」
母親が顔を上げる。
「家の名前を知った途端に態度を変えるなら、俺が今日ここで話したかった意味がないよ」
彼の母はしばらく何も答えなかった。
その後、届いた手紙
数日後、彼の母から手紙が届いた。
そこには、
「家柄を基準に人を見ていたことを反省しています」
と書かれていた。
さらに、
「息子が選んだ相手を、自分の基準で評価しようとしたことも間違っていました」
と続いていた。
私はすぐには返事をしなかった。
謝罪されたからといって、あの日の言葉が消えるわけではない。
彼とも何度か話した。
「もしまた同じことがあったら、俺が止める」
彼はそう言った。
私は、
「あなたのお母さんと仲良くしなきゃいけない、とは思わないことにする。それでもいい?」
と聞いた。
彼は頷いた。
「それでいい」
私たちは交際を続けることにした。
彼の家とは、必要な節目にはきちんと挨拶をする。ただし、無理に距離を縮めない。
そして、家柄や肩書きを使って誰かを比べる話が始まったら、その場で止める。
それが二人で決めた最初の約束になった。
さいごに
家柄や肩書きを理由に人を値踏みされたら、簡単には忘れられません。
まして、自分の家の事情を知った途端に相手の態度が変われば、「結局見ていたのは私自身ではなかったのかもしれない」と感じてしまいます。
大切なのは、どちらの家が上か下かではなく、その基準そのものを二人の関係に持ち込ませないことなのかもしれません。
もし結婚を考えている相手の家族から、家柄や学歴で値踏みされたら、あなたならどこに線を引きますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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