予定日が近い週末の夜明け前、規則的な痛みで目が覚めた。
横の布団からはお酒の匂い。夫はソファに顔を伏せたまま動かない。
「陣痛かも。病院、連絡するね」
そう言うと、返ってきたのは耳を疑う一言だった。
「タクシーで行けよ!」約束はどこへ
「悪い、頭ガンガンする。タクシーで行けよ」
約束は、陣痛が来たら連絡して、すぐ車を出すこと。
でも夫は毛布を頭までかぶり、「少し寝たら落ち着くだろ」と続けた。
無理だ。車を出されても困る。お酒が残っている人に運転させるのは、私もお腹の子も危ない。
私は産院に電話し、症状を伝えた。「間隔は7分くらい。初産です」。
助産師さんが「では陣痛タクシーを使いましょう。到着したら受付でお名前を」と段取りを教えてくれた。私はその場で手配し、母子手帳と入院バッグを抱えて玄関へ向かった。
「本当に行くのか?」と布団から声だけ出す夫に、「うん、行くね。車は運転しないで」とだけ残してドアを閉めた。
助産師へ「立ち会い、やめます」
産院に着くと、助産師さんがストレッチャーを押しながら迎えてくれた。
私が伝えたのは二つ。「立ち会いは取りやめたいこと」と「夫が飲酒している間は面会も断ってほしいこと」。
「分かりました。お母さんの意思を最優先にします。院内でも飲酒の影響が残っている方の入室はできません。カルテに記録しますね」
そう言ってくれて、呼吸の合わせ方と姿勢を教えられる。陣痛の波が強くなるたびに、時計を見てくれた。
夫のスマホからメッセージが入る。「大丈夫? ちょっと寝たらそっちに行く」。既読は付けたが、深追いはしない。今は赤ちゃんを産むことに集中する。
助産師「飲酒の方は入れません」
昼過ぎ、入り口の方でやり取りの声がした。助産師さんが私に確認しに来る。
「ご主人が来られました。お会いしますか?」
私は首を振った。「今日は会わないでおきます。立ち会いも中止のままで」
助産師さんは受付に戻り、はっきり伝えてくれた。「本日は立ち会い取りやめの意思を確認しています。飲酒の影響が残っている方は、面会もお断りしています」
夫の声が小さくなる。「じゃあ、せめて顔だけでも…」
「申し訳ありません。規則です。奥の方へはお入りいただけません」
私は分娩室のベッドで深呼吸のタイミングを合わせ、腰をさすってもらいながら波をやり過ごした。
夫の電話「ごめん、入れてくれ」
数分後、内線が鳴った。助産師さんが受話器を手で押さえ、「奥さまにお電話です」と差し出す。
「ごめん。入れてくれ。もう起きたし、運転はしてない」
「今日はやめるって言ったよね。飲んでる間は会わないでってお願いしてる。出産に集中したい」
夫は言いよどみ、「本当にごめん。タクシー代も払う。次から気をつける」と繰り返した。
「次に移動が必要な日も同じ。飲む日は事前に教えて。移動が必要になるかもしれない時は飲まないで」
そう返して、受話器を置いた。助産師さんがそっと「今は赤ちゃんとお母さんの時間ですよ」と言い、私の手を握った。
その後は、助産師さんともう一人が交代で付き添ってくれて、夕方前に産声が上がった。
退院後に決めた三つの約束
翌日、夫は花と手紙を持って来て、受付でスタッフに頭を下げてから私の病室へ来た。助産師さんが同席し、「昨日の経緯と、今後の面会や育児の連携」を三人で確認した。
決めたことは三つ。
- 飲酒する日は必ず前もって共有する。
- 病院や保育関連の移動がある日は飲酒しない。飲んだ日は運転しない。
- 立ち会い・面会は私の同意を最優先にする。
タクシーの代金は、夫のこづかいから返してくれた。あの日の「タクシーで行けよ」がどれだけ無責任だったか、本人も分かったらしい。
退院してからは、夜のミルクの時間に夫が起きるようになった。寝不足でふらつきながらも、哺乳瓶を温め、洗い物をしている。飲み会の回数も自分で減らした。
出産の日に私がしたのは、大声で責めることではない。助産師さんという専門職に状況を伝え、院内の決まりと私の意思を通しただけだ。
それで十分だった。分娩室のドアの前で止まった夫は、電話越しにしか謝れなかった。その現実が、何より効いたのだと思う。
さいごに
出産や急病では、普段どおりの判断ができないこともあります。移動手段、連絡先、立ち会いの条件について、あなたの家では事前にどこまで決めていますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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