引っ越してきたばかりのころ、自治会の集まりやゴミ捨て場での立ち話がこんなに疲れるものだとは思っていなかった。その原因は、この街に20年以上住んでいるという田辺さん(仮名・50代)の存在だ。
「賃貸の方には分からないですよね」がさらっと出てくる
田辺さんは、一見すると世話好きで親切なタイプに見える。
ゴミ捨て場の当番表を丁寧に説明してくれたり、回覧板のルールを教えてくれたり。最初は「頼れる先輩住民だな」と思っていた。
でも、会話の中に必ず一言、棘のようなものが混じってくる。
「うちは主人が公務員なので地域の行事は絶対に優先するんですけど、賃貸の方はいつ引っ越すか分からないから、そこまで思い入れないですよね」
「賃貸の方には分からないですよね、固定資産税の大変さって」
決して怒鳴るわけじゃない。にこにこしながら、さらっと。だからこそ、その場では上手く返せなくて、家に帰ってから「あれってどういう意味だったんだろう」とじわじわ傷ついていた。
「共働きって子どもがかわいそう」
ある秋の朝、ゴミを出しに行くと田辺さんが別の住民と話していた。
少し離れたところでゴミ袋を結びながら耳に入ってきたのは、こんな言葉だった。
「共働きのお宅って、子どもがかわいそうよね。帰ったときにお母さんがいないんだもの」
——ああ、またか。
私もフルタイムで働いている。息子は学童に通っている。それを田辺さんは知っている。
聞こえていないと思っているのか、それとも聞こえてもいいと思っているのか。どちらにしても、じわじわと胸が痛かった。
ゴミ捨て場で目が合って、二人で苦笑い→何かが変わった朝
数週間後のある朝のこと。
ゴミを出しに行くと、田辺さんがまた誰かに話しかけていた。相手は最近越してきた若い女性で、私は少し離れた場所でその場面を眺めていた。
「賃貸って、やっぱり気楽でいいわよね。いつでも出ていけるし。持ち家は責任があるから大変なのよ」
——いつものやつだ。
そのとき、話しかけられていた女性がふと顔を上げて、私と目が合った。
「え、今の聞こえてました?」——そんな顔だった。私はつい、小さく苦笑いしてしまった。彼女も、ふっと力が抜けたような顔で笑った。
田辺さんはまだ話し続けていた。でも、その朝から何かが変わった気がした。
あの目配せは、何でもなかったかもしれない。でも私には「あなただけじゃないよ」と言ってもらえたような気がして、ゴミ捨て場から家に帰る足が、いつもよりずっと軽かった。
田辺さんは今も変わらず、持ち家の苦労と賃貸の気楽さについて語り続けている。でも今は、ちょっとだけ笑って受け流せるようになった。
一人で受け止めなくていいんだ——あの朝、それだけで十分だった。
さいごに
マウントの言葉そのものは変わらなくても、「また言ってる」と思える人がそばにいるだけで、ぐっと楽になることってありますよね。言葉じゃなくて目配せが心を軽くしてくれた、というのがなんだかリアルで温かい。あなたの近所にも、こっそり苦笑いを共有できる人、いますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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