義実家の客間で横になり、お腹の張りの間隔を数えながら夫の連絡を待っていた。妊娠9カ月。
その日は、義母がベビー肌着を渡すと言うので昼から私だけ先に寄っていた。夕方、夫が仕事帰りに迎えに来て、その足で検診に行く段取りだ。義母の口癖「昔はね」が頭をよぎり、少し身構える。
義母「歩いて帰れ、甘えるな」
台所の音が止み、玄関の方で義母の声がした。
「何時までいるつもり? すぐそこなんだから歩いて帰りなさいよ。昔は臨月でも畑を歩いたの」
座布団から体を起こし、私は言った。
「今日は夫が迎えに来て、そのまま産院に行く約束で…」
「そんなのいらないって。歩けばいいの、根性で。車なんて甘え。ほら、靴はいて」
返事を待たずに玄関が開かれ、外気が流れ込む。バッグは手の届く位置に置いてあり、母子手帳と水筒は入っている。義母は、私の前に立ち、靴を差し出して「あっち」と道を顎で示した。
「タクシーは贅沢でしょ?」
私はスマホを取り出し、タクシーアプリを開こうとした。義母は手元を見て、眉をひそめる。
「タクシー? 無駄遣いよ。若いんだから歩ける」
体より先に心が冷えた。夫から「あと30分で出られる」とメッセージ。私は「外に出された。少し歩く」と返す。既読はついたが、返信は来ない。
義母は「近道を通れば40分もかからない」と指で曲がり角を示す。家まで徒歩40分ほど。夕方の風はまだ暑く、私は帽子を目深にかぶった。
「じゃあ、行きます」
歩き出すと、門のところで義母が腕を組み、「そうそう」と満足げに頷いた。
産院の医師「今すぐ119番」
住宅街を10分も歩かないうちに、張りが強くなった。前駆陣痛と違い、息が浅くなる。道端の石段に腰を下ろし、水を飲む。
無理だ。ここで止めよう。
母子手帳を取り出し、産院に電話する。受付に状況を伝えると、医師につながった。
「今どこにいますか。無理に歩かないで。臨月で張りが強いなら、すぐに119番してください」
はっきりした声に迷いが消える。「わかりました」。通話を切って119番にかけ、現在地と週数、症状、持病の有無を伝えた。
夫にもメッセージを入れる。「張りが強くなって、今から救急車で産院に行く。位置情報を送るね」
送信して、石段の上で息を整えた。通りすがりの人が「大丈夫ですか」と声をかけてくれ、「救急車を呼びました」と伝える。
救急隊「この暑さの中、臨月に徒歩40分は危険」
サイレンの音が近づく。救急隊が降りてきて名乗り、血圧と脈を測る。張りの間隔も聞かれた。
「臨月で、この張りの頻度。この暑さの中、徒歩で40分は危険です。どなたかご家族は?」
「夫が来ます。さっきまで義母の家にいて…」
そこへ夫が息を切らして駆け寄った。「すみません、妻をお願いします」。救急隊が産院へ連絡し、受け入れが整う。
ストレッチャーに移る前、夫が私の耳元で囁いた。
「母さんに今の状況を直接聞いてもらう。同じことを繰り返さないために、救急の人から言ってもらう方が早い。呼んでもいい?」
私はうなずいた。夫は義母に場所を伝え、「今から病院へ向かう。救急隊の人の話を聞いて」と告げた。
たまたま近くまで買い物に来ていたようで、すぐに義母が来た。私の顔を見るなり「そんな大げさな…」と言いかけ、救急隊員と目が合って止まる。
「ご家族の方ですね。この暑さの中で臨月の方に徒歩で40分は危険です。今も○分おきに張りが来ています。途中で強くなることがあるので、歩かせてはいけません」
義母は口を開き、「昔は臨月でも…」と言いかけて、エプロンの端をぎゅっと握った。
義母の言いよどむ声が小さくなる
夫が義母に向き直る。
「母さん、医師も救急隊も危ないって言ってる。二度とこんなことはさせない。今日は俺が付き添うから、帰って」
義母は私と救急隊員の顔を見比べ、足もとばかり見て、「…危ないって分かった。ごめんなさい」と小さく言った。
救急車のドアが閉まり、ストレッチャーの上で夫が私の手を握った。無線の声が耳に入る。
産院に着くと、医師が診てくれ、幸いにも大きな異常はなかった。張り止めが処方され、「当面は安静に」と言われた。
その後、送迎は夫と決めた
翌日。医師から当面は安静と言われた私に無理をさせないよう、夫が一人で義実家へ行った。私は自宅で横になり、夫からの報告を待つ。
「話してきた。『昔は』の話はもうやめてほしいって伝えた。これから検診や外出の送迎は、俺がやるかタクシーを使う。母さんが口を出さないことも確認した」
その後、義母から私に短いメッセージが届いた。「昨日はごめんなさい。体を大事にして」。句読点も顔文字もない不器用な文だったけれど、読み終えて肩の力が抜けた。
予定日までの数週間、私は無事に過ごし、夫の運転で産院に通った。道で会えば義母は天気の話をするくらいで、「歩け」とは言わなくなった。
あの日、道端で電話をかけた自分を思い返す。迷いはあったけれど、「今は止める」と決めて人を呼んだのは正解だったと思う。あの場で立ち止まったことで、次に同じことを言われることもなくなった。
さいごに
臨月の「歩け」は、昔話では済まない危険でした。家族の善意や習慣が、体の声より先に出てしまうこと、ありますよね。無理と言える相手や、連絡できる窓口を決めておくと心強いのかもしれません。あなたなら、同じ場面で誰に連絡しますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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