義祖母のことが、正直ずっと苦手だった。
お盆で義実家に集まるたび、座り方やお茶の出し方、言葉遣いまで細かく指摘される。
声を荒げないのに、私が湯飲みに触れるたび、視線を向けるのがわかった。背中がこわばる。
「湯飲みの向きが逆よ」
夫の実家に着くと、義祖母は居間の上座にきちんと座っていた。
お茶を運ぶ私に「湯飲みの向きが逆よ」。言われた通り置き直す。
座布団の並べ方には「もう少し間を詰めなさい」。手でぐっと寄せる。
お膳の配置にも「お箸はこう置くもの」。私は箸先を左に向け直した。
どれも理にかなっている。だからこそ言い返しづらい。夫は「おばあちゃんはそういう人だから」と小声で笑う。——そういう人だから、で終わり?私は台所で湯呑みを洗いながら小さく息を吐いた。
義母が合間に「ありがとうね」と声をかけてくれる。それでも義祖母がいると、私は肩に力が入ったままだった。
夕暮れの居間で、握られた手
夕方、親戚のにぎやかな声が庭へ流れ、居間に私と義祖母だけが残った。
湯飲みを拭いていると、不意に袖をつままれた。振り向くと、義祖母が私の手を両手で包んでいた。いつもの鋭さはなく、少し遠くを見る目つきで。
「よく来てくれたね……澄子さん」
澄子さん?私の名前じゃない。頭の中でその名を繰り返す。
義祖母は目を閉じて「遠いところを、ありがとうね」と続けた。私は返事に迷って、「はい」とだけ言った。包む手の温度が、思っていたよりあたたかかった。
夫から聞いた、澄子さんの話
夜、布団の中でそのまま夫に伝えると、少し黙ってから「澄子さんって……おばあちゃんの長男の嫁だよ。十五年前に亡くなってる」と言った。
嫁いでから、義祖母は澄子さんに作法をみっちり教えたらしい。最初はよくぶつかったけれど、いつの間にか誰より近い存在になって、葬儀のあと義祖母が人前で泣いたのはその時くらいだ、と夫は続けた。
「今日のおばあちゃんの指摘、たぶん澄子さんに教えたことと同じなんだと思う。無意識に、お前にも同じふうに言ってたのかも」
その言葉で、ここ数年の場面が一気につながった。湯飲みの向き。箸の置き方。座布団の並べ方。
私が受け取っていたのは、きつい言葉だけじゃなかったのかもしれない。誰かに向けていちど渡された手順と、そこにこもった気持ち。
そう思うと、夕暮れに握られた手の重みが、少しちがって感じられた。
さいごに
きつい物言いの裏に、言えない寂しさや思い出が隠れていることもあります。義祖母も彼女なりのやり方でつないでいたのかもしれませんね。
義実家で「また言われた」とため息をついた日、あなたにもありませんか?
そのとき何を受け取ったと思いましたか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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