毎週、連絡帳を開くたびに同じ文字が並んでいた。
「今日も元気に過ごしました」「楽しく活動できています」——それだけ。3ヶ月間、一度も変わらず。
なんとなく引っかかりながらも、「先生が大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう」と自分に言い聞かせていた。
でも、学期末の個人面談で、私のその”信頼”はあっさり崩れた。
「実はずっと気になっていたことがあって」
面談室に入って、最初の5分はよくある話だった。「学習面は順調です」「お友達ともよく遊んでいます」。
そして担任の先生が少し表情を変えて、言った。
「実は……ずっと気になっていたことがあって」
——え、今?
「給食の時間に一人でいることが多くて、2学期の最初くらいから少し様子を見ていたんです。でも、本人は楽しそうにしていることも多くて、大げさに伝えるのもどうかと思って」
頭の中が、ぐるぐるし始めた。2学期の最初って、もう3ヶ月前じゃないか。
怒りと安堵が混ざって、言葉が出なかった
「どうして早く教えてくれなかったんですか」という言葉が喉まで出かかった。でも、同時に——ああ、やっぱりそういうことがあったんだ、という変な安堵感もあった。
あの子、なんとなく元気がないな、と思っていた日が確かにあった。でも「先生は大丈夫と言ってる」と打ち消してきた。その直感が、間違っていなかった。
先生は続けた。「一人でいることを本人が気に入っているのか、孤立しているのか、見極めたかった。親御さんに伝えて余計に不安にさせたくなかったし、本人のプライドを守りたいという気持ちもあって……」
——その気持ちは、わかる。
わかってしまうのが、またモヤモヤする。
先生も子どもを守ろうとしていた。私も子どもを守りたかった。向いている方向は同じなのに、情報は3ヶ月間、共有されなかった。
結果的に子どもは今も元気で、大きな問題には至っていない。それは本当によかった。でも「もし何かあったら?」という問いは、頭から消えない。
「問題ありません」の一言で、親はそれ以上踏み込めないのだ——ということだけは、強く実感した。
さいごに
「先生を信頼する」ことと「気になることは小さくても伝えてほしいと伝えておく」ことは、両立できるのかもしれませんね。
あの3ヶ月分の連絡帳を思い出すたびに、まだちょっとモヤッとしてしまう。そういう気持ち、きっと私だけじゃないはず。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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