乳児を乗せたベビーカーで、平日の夕方に駅前の雑居ビルへ行きました。クリニックの帰りで、子どもは眠気でぐずぐずしており、私は早く帰りたい気持ちでいっぱいでした。
エレベーター前は会社帰りの人で混み合っていて、私は邪魔にならないよう壁際に寄せ、通路をふさがない角度でベビーカーを止めました。それでも視線が集まってくる気がして、胸の奥が落ち着きませんでした。
小さくなったつもりが、目線が刺さった瞬間
エレベーターが到着すると、降りる人の流れが一気に動きました。
私はいったん一歩下がり、出てくる人を優先しました。扉が開ききったところで前に進み、「すみません」と小さく言いながら、前輪が引っかからないよう慎重に入れました。
そのとき背後から、肩が当たりそうな距離で男性が詰めてきました。
急かすような圧が強く、私はさらに端へ寄せようとハンドルを握り直しました。
ですが男性はため息混じりに舌打ちをして、私の横を無理に抜けようとしました。
怖いというより、こちらが悪いことをしているように扱われるのがつらかったです。
「迷惑だ!ベビーカーで乗るなよ」と急かされた
扉が閉まりかけたとき、私は後輪がきちんと乗り切ったかだけ確認しようとして、一瞬だけ動きを止めました。その拍子に、男性の足がベビーカーの後ろに触れ、男性が軽くよろけました。
次の瞬間、男性は私のすぐ後ろから、はっきりと言いました。
「迷惑だ!ベビーカーで乗るなよ」
頭が真っ白になりました。
私が悪かったのかもしれない、と反射的に思ってしまいましたし、子どもを連れたまま言い返して空気を荒らすのも怖かったです。狭い箱の中で全員の時間を奪っているような気がして、息が浅くなりました。
黙ってやり過ごそうとして、言葉が詰まりました
子どもがぐずり、私は揺れる車内でベビーカーのブレーキに指をかけ直しました。謝れば収まるのかもしれないと思い、私は視線を落として小さく言いました。
「すみません……」
本当は、降りる人を待ってから入ったことも、できるだけ端に寄せていたことも伝えたかったです。
ですが言葉にすると、反論に聞こえてしまいそうで、喉の奥で止まりました。黙って通り過ぎるまで耐えよう、と自分に言い聞かせていました。
一斉に向きが変わり、彼だけが逃げました
私の「すみません」を聞いた途端、近くにいたスーツの女性が男性の方を見て、落ち着いた声で言いました。
「今の言い方はないですよ。あなたの方こそ迷惑です」
反対側にいた年配の男性も続けました。
「ベビーカーは悪くないよ。あなたの方が非常識だ」
扉側にいた若い男性が一歩引いてスペースを作り、「こちら、少し寄れますよ。大丈夫ですか」と私に声をかけてくれました。
私は「ありがとうございます」とだけ返し、ベビーカーがぶつからない位置に静かに寄せました。
責められるのは自分だと思い込んでいたのに、視線の矢印が一斉に男性へ向きました。
男性は「いや、俺は……」と小さく言いかけましたが、誰も同意しませんでした。次の階で扉が開くと、男性は降りる予定ではなかったように、早足で外へ出ていきました。
その後の空気は、驚くほど静かで穏やかな空間になりました。
私はもう一度謝ろうとしていた言葉を飲み込み、ベビーカーの中の子どもに目を向けました。子どもが無事でいることを確かめると、張りつめていた呼吸が少しずつ戻ってきました。
狭い場所で理不尽な言葉を向けられたとき、黙って耐えるしかないと思っていました。けれど、その場にいた人たちの一言で、責められるべき相手は私ではないのだと分かりました。帰り道、私はいつもより少しだけ顔を上げて歩けました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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