深夜、玄関の鍵が開かない日が増えた。メッセージは既読にならないのに、翌朝には「友だちんちで寝てた」と短いメッセージ。私の違和感だけが増えていった。
平日は早く帰ってきてほしい。けれど、帰ってきたときの彼の言い方にも小さながある。「それ、俺の考えに合わせて」「細かいのは気にしないで」。無理だな、と心の中でつぶやく回数が増えた。
「友だちの家」深夜の外泊
金曜の夜、彼は靴を履きながら言った。「今日は友だちの家。終電なくなるから」。
「誰?」と聞くと、「学生時代のやつ。説明いる?」と笑う。私は「分かった」とだけ返した。疑う妻にはなりたくなかった。
けれどその週末も、翌週も、同じやり取りが続いた。連絡は遅く、帰宅は昼前。洗い物はそのまま、洗濯カゴにはシャツが増える。私が「次の日の予定、教えてほしい」と言っても、「急に決まるんだよ」と肩をすくめられるだけ。
ちょっとした雑談でも、彼の機嫌はいろいろ。「その服、会議には弱いかな」「実家、行きすぎ。俺の予定もある」。言われるたびに、私が縮む。言い返すと「重い」「面倒」と返ってくるのが分かっているから、飲み込む。
「これ、何?」領収書を見せた夜
決定的だったのは、月曜の朝。コートを洗濯機に入れようとして、ポケットから紙が落ちた。市内のビジネスホテル名と、ダブルルームの金額、日付はあの金曜。
スマホで撮らず、紙を手に持って、帰ってきた彼にそのまま見せた。「これ、何?」
彼は眉をひそめ、「会社の。手違い」と言った。私は日付を指で押さえる。「友だちの家、じゃなかった?」
「酔っててさ。結局、泊まることになって」。声が途切れた。私はもう一歩も踏み込まない。「次から、外泊はしないで。説明も合わせてしてほしい」。
「信用ないの?重いよ」と彼は笑おうとする。その笑い方が、今までと同じで、もう駄目だと思った。
その夜、私は実家に帰った。鍵と貴重品、最低限の服だけ持って。
母「よかったじゃない」の真意
玄関を開けると、母はお茶を淹れてくれた。テーブルに領収書を置くと、母は一度だけ目を通し、「よかったじゃない」と言った。
思わず「どこが?」と返した。母は私の顔を見て、小さくうなずいた。
「前から気になってたの。あなたが話すたび、彼の言い回しが同じでね。『それは俺のやり方』『細かいのは気にするな』。あなたが小さくなる話ばかりだった」
母は、春に一緒に作った職務経歴書のことを出した。「あのときも、『また働くの?』って彼に言われたでしょ。あなた、わざわざ許可が必要みたいに言ってた。許可なんていらないよって、何度も言った」
たしかに、あの頃から母は少しずつ、私の荷物の置き場所を用意してくれていた。古い机を拭き、ノートPCの使い方を一緒に練習した。私が「そんな大げさな」と笑うと、母は「備えておくと安心」とだけ言っていた。
「壊れる前で、よかった」と母は続けた。「領収書が出てきたのは、あなたのせいじゃない。向こうが選んだこと。あなたは、自分をすり減らす前に止まった」
こらえていた涙が出た。泣いてもいい場所で、泣いた。母はティッシュを押しつけて、「今日は寝なさい。明日、やることを紙に書こう」とだけ言った。
翌日、私は会社に状況を話し、有給の取り方を相談した。家に置いた荷物を取りに行く日を決め、妹に同行を頼んだ。彼には「しばらく別で暮らします」とだけメッセージを送った。既読がついたが、返事は短かった。「話そう」。その約束は、私の両親がいる場所にした。
母は、私の横でメモをとる。必要な手続きと、私の気持ち。何かを決めるのは、全部私。母は口を挟まない。ただ、忘れそうなことを横で書いてくれる。
あの「よかったじゃない」は、突き放しじゃなかった。私が自分の足で立つ準備を、一緒にしてくれていたから出てきた言葉だったんだと思う。
さいごに
壊れる前に止まれたのは、もう十分な前進ですね。誰かの口ぐせで心がすり減る前に、味方を一人つくるだけでも流れは変わります。モヤッとする一言、聞き流さず「私はこうしたい」と短く伝えてみる。あなたなら、どこから始めますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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