駅から歩いて10分。瓦屋根の実家は、手入れはしてきたけれど、見た目は昔のまま。
彼を連れて行くつもりで道順をメッセージした日、胸のどこかで嫌な予感がした。
まさか、玄関にも来ずに切られるとは思っていなかった。
「古すぎて無理(笑)」の一言
待ち合わせのコンビニに来た彼は、家の前まで来てもいないのに、送っておいた写真だけ見て言った。
「ごめん、俺さ、古い家って無理。なんか匂い移りそう(笑)」
「うち、掃除してるよ。会ってから決めない?」
「いや、両親まで古いのに染まってたら疲れるし。今日はやめとこ」
私はそこで返した。「じゃあ、今日で終わりで」
「え、軽っ」と笑って彼は去った。両親には会わせないまま、交際は終わった。
仕事のあと、家と向き合う
ぽっかり予定が空いた週末、私は実家に行った。平日は事務の仕事、土日は家の片づけ。
祖父が残した家具は修理すれば使えそうだ。町の大工さんに相談し、市の耐震窓口で補助や手続きの流れを聞いた。
解体に踏み切る案も考えた。でも家の前をほうきで掃いていると、近所の人が声をかけてくれる。「この家、好きなんだよ」
その一言が背中を押した。柱は残して基礎は補強。屋根は直し、配管はすべて新しくした。
台所は水まわりを一新。古い土間を活かしてカウンターを作る。食品を扱うならと、保健所に相談して営業許可の基準も確認した。
私は焼き菓子が得意だ。試作品を持っていくと、保健師さんが「ここを仕切ればOK」と図面に印をつけてくれた。
「来春、ここで始めます」
大工さんや設計士さんと打ち合わせを重ね、消防の点検も済ませた。小さな借り入れと貯金、親の退職金の一部を合わせ、足りないところは自分で動いた。
建具のやすりがけ、床のオイル塗り。指先はいつも木の粉だらけだった。
形が見えてきた頃、地元のイベントでお披露目見学会をやる話が持ち上がった。
「ゲストハウス兼カフェとして春にオープン予定です」
私は簡単なチラシを作り、予約サイトにも登録した。
オープン直後は、正直がらがらな日もあった。掃除して、仕込みして、誰も来ない日。
それでも続けた。古い梁の写真がSNSで広がり、週末は家族連れが増えていった。宿の予約は、翌月、翌々月と少しずつ埋まっていく。
「あれ…もしかして?」の来場者
オープンから6年。耐震と改修の事例として、設計士さんと一緒に見学会で話す日があった。
受付で名簿を見ていると、見覚えのある名字が目に入った。気のせいかと思ったが、会場に入ってきた顔で確信した。
彼は私を見るなり、小声で「久しぶり」とだけ言った。私はスタッフに合図し、予定どおり説明を始める。
「この梁はそのまま残して、金物で補強しています。客室は二つ。今は週末はほぼ満室です」
質疑の時間、見学の方から「予約は取りやすいですか?」と聞かれた。
「ありがとうございます。直近は難しくて、3カ月先なら空きがあります」
前列にいた彼がこちらを見た。口が少し開いたままだった。
「連絡先、教えて」に返す言葉
見学が終わると、彼が近づいてきた。
「やっぱセンスいいよね。前はさ、タイミング悪くて。よかったらさ、今度ゆっくり…」
私はパンフレットを手にしたまま言った。「今日は見学ありがとうございます。ご用の方は、こちらの連絡先にどうぞ。予約や取材の窓口です」
その日の夕方、施設の問い合わせフォームに彼からメッセージが入った。
『久しぶり。昔はごめん。やり直せないかな。俺も今、宿泊業界に興味あってさ』
私は返信した。「お問い合わせありがとうございます。個人的なお誘いにはお返事していません。ご宿泊の予約でしたら、サイトからお願いします」
数分後、『飲みだけでも』と届いた。
「運営とお客様以外の関係は持ちません。以前の発言の件も、忘れていません」
送信を押して、私は受信箱を閉じた。
「予約はサイトから」で締め切る
翌日、彼が直接店に来るかと身構えたが、現れなかった。
代わりに、見学に来ていた方から「昨日の人、すごい勢いで帰っていきましたね」と笑い話が届いた。
数日後、スタッフ宛に『予約したい』とだけ書かれたメールが来た。名前を見て、スタッフが私に回す。
「ルールどおり、サイトから先着で受け付けます。特別扱いはしません」
そう返信すると、それきり連絡はなかった。
その後、家と私のいま
今の私は、朝はカウンターでコーヒーを淹れ、昼はチェックインの準備をする。
両親は週に一度ランチを食べに来る。父は梁を見上げて「よう残したな」と言い、母は新しい器に料理を盛っては写真を撮る。
古い家は、馬鹿にされるためにあるんじゃない。手をかければ、誰かの居場所になる。
あの日の別れは痛かったけれど、仕事としてこの家を守る力にもなった。
元彼のことは、もう思い出に近い。けれど、あの一言に押しつぶされなくてよかった、と今は心から言える。
さいごに
見た目だけで切られても、ひっくり返ることはあります。手をかけた分だけ、人はついてきてくれます。
古い家や実家のことで、誰かに笑われて悔しい思いをした人もいるでしょう。
あなたなら、勝手な物差しを向けてくる相手に、どこで区切りをつけますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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