駅前の風は冷たいのに、私は汗ばんでいた。大学に通う娘の声が、電話の向こうで細く震えていたからだ。
「丸2日、食べてない」
胸がざわついた。いやな予感は前からあった。
「通帳は預かるね」にモヤッ
娘が同級生の彼と同棲を始めたのは春。最初は「家事も分担できて快適だよ」と笑っていた。
数週間後、娘がさらっと言った。
「彼がさ、『共同家計だから通帳は預かるね』って」
私は思わず聞き返した。「え、通帳? カードも?」
娘は「家賃とかまとめて払うから、だって」と、自分に言い聞かせるように笑った。
毎月の仕送りに、娘のバイト代。足りないはずがないのに、胸の奥の違和感は消えなかった。
小出しの要求が増えた
夏が近づくころ、娘の頬が少しこけた。会うたびに「忙しくて」「食欲なくて」と言う。
ある日、娘がメッセージを見せてくれた。彼からのメッセージが並ぶ。「今月の光熱費まとめるから通帳わたして」「カード暗証番号、忘れそうだからメモして」「家賃、俺の分も一旦出しておいて」。頼み口調なのに、断りにくい調子だ。
私は何度か言った。「お金の出入りは、自分で見て管理しなさい」
娘は「うん、大丈夫」。その「大丈夫」はどこかか細い声だった。
「丸2日、食べてない」の夜
その日、娘からの電話は短かった。「ごめん、倒れそう。冷蔵庫、何もない」
ここで止めると決めた。私はタクシーを拾い、温かいスープとおにぎりを買って娘の部屋へ向かった。
鍵を開けた娘がふらつきながら抱きついてくる。「食べなさい」。それだけ言って買ってきたものを出した。
部屋の奥から彼が顔を出した。「ちょうどよかった。共同家計、今月もまとめるから通帳置いといて」
私は声の調子だけ落として言った。「まずは娘に食べさせます。話はそれから」
娘の隣に座り、湯気の立つスープを渡した。
「共同家計? じゃあ内訳を見せて」
娘の顔色が戻ったのを見て、私は言った。「同棲は今日で終わり。カードと通帳を返してください」
彼は鼻で笑った。「共同家計なんで。全部ぼくが管理。明細は俺が把握してる」
私は娘のスマホを指さした。「じゃあ、ここで内訳を見せて」
娘が家計アプリと通帳アプリを開く。口座は娘名義、仕送りの入金は毎月きっちり記録されている。
「家賃は口座振替で出てる。光熱費も同じ。なのに、食費の出金がほとんどない。代わりに、あなたの名前で通販の引き落とし、ジムの月会費、ゲーム課金。これは何?」
彼の肩が強張った。「共同家計だから、俺の支払いもまとめて……」
私は持参した紙をテーブルに置いた。私の送金履歴のコピーだ。「仕送りは、娘の学費と生活費です。あなたの支払いのためではない」
さらに、娘のメッセージ画面を示した。「『家賃、俺のぶんも出して』『スマホ代も一旦立て替えといて』——これはあなたの言葉。娘の同意はどこにもない。通帳とカードを返して。今すぐ」
管理会社「契約者はお嬢さんです」
彼は言いよどんだ。「いや、それは、返すつもりで……」
私は管理会社に電話を入れた。「入居者の母です。無断同居があったようです。すぐに退去をしたいので、立ち会いをお願いできますか」
担当者の声が返る。「契約者はお嬢さんお一人です。無断同居は規約違反。近くにおりますので向かいます」
彼は通帳を持つ手を握り直し、視線を落とした。「ちょ、ちょっと待って。俺、悪気じゃなくて……共同家計って、そういうもんだろ?」
「一緒にやるなら、二人で合意して、中身をお互いに見られることが前提。娘は合意していません」
彼はしばらく黙り、通帳とカード、合鍵を差し出した。
合鍵と通帳、返してもらう
やがて担当者が到着し、無断同居の確認と退去の段取りを決めた。荷物は日を改めて引き取り、鍵はその場で回収。
お金の件は私たち当事者で紙にまとめた。彼は小さな声で言う。「返すから。分割で」
娘はうなずき、短く書いた約束に彼の署名をもらった。「ここで終わりにする」
その夜、娘を連れて実家へ戻った。
「おいしい」って何度も言った日
翌日、健康診断を受け、学校へ事情を説明。数日後、担当者立ち会いで彼の荷物引き取りを済ませた。連絡先はブロック。娘の口座は暗証を変更。
一週間もすると、娘の頬に色が戻った。味噌汁をすすって「おいしい」と何度も言う。バイトにも復帰し、課題に向かう背中が、少したくましく見えた。
彼は「元恋人」になった。『共同家計』の看板は外れ、娘の生活は娘の手に戻った。
さいごに
お金を一緒に管理するなら、合意と中身の見える形が欠かせません。弱っているときほど、都合のいい言葉に流されがちです。身近で「おかしいな」と思う場面、ありませんか?小さなSOSを見逃さず、止める一歩を考えたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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