小さな花屋を営んで、もうすぐ10年になる。毎日花と向き合い、来てくれるお客様の「ありがとう」がうれしくてここまでやってきた。そんな積み重ねが、一人の女性客によって心が折られた日のことを、今でも鮮明に覚えている。
「タダでやり直すのが当然でしょ?」
その女性が初めて来店したのは、春先のよく晴れた午後だった。50代くらいで、堂々としている佇まいだった。
「この辺じゃ常連が多いお店って聞いてきたの。よろしくね」
そう言いながらカウンターに立ち、誕生日プレゼント用のフラワーアレンジメントを注文してくれた。予算や好みを丁寧に確認し、渡す相手のイメージも聞いて、精一杯仕上げた。
ところが受け取るなり、彼女の表情が曇った。
「なんか違う。やり直してほしいんだけど」
——違う、とは? もう少し具体的に教えてもらえれば、と尋ねると、「なんとなく、ピンとこない」とだけ言う。花の種類も色も、事前に確認した通りに作った。
「やり直しは有償になりますが、どのように変えましょうか?」と伝えると、彼女の声のトーンが一段上がった。
「有償? 冗談でしょ。私が満足できないものを押しつけておいて、お金を取るの?」
「何度でも作り直すのが店の仕事でしょ」
それから彼女は、注文のたびに同じことを繰り返した。
「気に入るまで無料でやり直すのが、お客様へのサービスってもんでしょ」
「私はお金を払う立場なんだから、満足できるまで対応するのは当たり前」
最初は穏やかに、次第に強い口調で。要求は毎回少しずつエスカレートしていった。
アレンジを作り直す間、彼女はカウンターを占領して座り込む。その間も「このリボンは嫌い」「この花の向きが気持ち悪い」と注文をつけ続ける。1時間、2時間……気づけば他のお客様が入ってこられない雰囲気になっていた。
私はずっと冷静さを装いながら、心の中では限界に近づいていた。
——この「お客様の当然の権利」という言葉、本当にそうだろうか。
彼女の言い分を頭の中で何度も繰り返しながら、ある日、決意した。
感情で返すのではない。彼女自身の言葉を、そのまま返そう。
「では、その理屈をお返しします」
その日も彼女はカウンター前を陣取り、出来上がったアレンジを見て言った。
「やっぱり違う。もう一度作り直して。タダで」
私はいつものように深呼吸をして、口を開いた。
「おっしゃる意味はわかります。ただ、同じ理屈でお話しさせてください」
彼女が眉をひそめる。
「お客様は『満足するまで対応するのが店の当然の仕事』とおっしゃいますよね。でしたら、私にも同じ理屈が使えます——『他のお客様が満足できる環境を守るのも、店の当然の仕事』です」
「……それって、どういう意味?」
「今日も当店を2時間以上お客様を対応しています。その間、他の方がご注文できない状況が続いています。一人のお客様の希望を大切にするなら、他のお客様の時間も同じく大切にしなければなりません。本日のやり直し対応はここまでとさせていただきます」
声は荒げなかった。ただ、真っすぐに伝えた。
彼女の口が、止まった
数秒間、沈黙が流れた。
彼女は何か言い返そうと口を開きかけて——でも、言葉が出てこなかった。
「お客様の権利」を盾にしてきた彼女に、同じ「当然の仕事」という言葉をそのまま返された。自分の論理が、自分に向かってきた瞬間だった。
しばらくして、彼女はアレンジメントを持たずにカウンターを離れた。お金を払うとも払わないとも言わず、ただ静かに——少し足早に——店を出ていった。
それ以来、彼女は来ていない。
「今日は入りやすかった」
翌日、常連のお客様が花を買いに来てくれた。
「昨日、入ろうとしたら混んでそうで諦めたんだけど、今日は入りやすくてよかった」
その一言が、胸にじんわりとしみた。
守るべきものは、何だったのか。改めて考えた。
誰かの「当然」が、別の誰かの「当然」を押しつぶしていたとしたら——それはもう、誰かのための場所とは呼べない。
花屋のカウンターは今日も穏やかで、春の光が差し込んでいる。
さいごに
「満足するまでやり直せ」は、一見もっともらしいから厄介な言葉だ。でも、声を荒げず静かに同じ理屈を返した店主の一手は、どんな言い返しよりずっと強かったと思う。理不尽な場面で怒鳴らずに切り返せたら、と想像するだけで少しスッとしませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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