父が遺した家の相続手続きを終え、私名義になった家で、夫と春から暮らし始めた。
玄関前に一台分のコンクリートのスペースがある。買い物の荷下ろしや、重い荷物を抱えたときにそこへ横づけできるのが助かっていた。
なのに、引っ越して数週間で夫が言い出した。
夫「玄関側は俺の場所」
「玄関側は俺の場所。そっちの軽は、向こうの端っこでいいじゃん」
私は耳を疑った。
「え? ここは私がずっと使ってたよ。お父さんも、ここは私のためにって」
「いや、俺、義父さんに言われたから。『ここは君に任せる』って。ほら、俺、出勤早いし」
そんな話、父から一度も聞いていない。入院中も、家のことは私に任す、としか言っていなかった。夫が父に会ったのは、入院中に一度あいさつしたときだけだ。
「お父さんがそんなふうに言うかな。近所に迷惑かけたくない人だったよ」
「大げさだな。家族のスペースだろ? 取り合うもんじゃない」
その日は私が折れて、買い物の度に車を玄関前につけ、荷物を下ろしてから少し離れた空きスペースへ車を移動した。面倒で、正直いらだった。
「後輩の車、置くからな」
数日後、夫がまた勝手に決めた。
「来月から、後輩の車ここに置くから。朝の入れ替え楽になるし、向こうも助かるし」
見ると、若い男の子がぺこぺこ頭を下げている。夫の会社の後輩だという。
「ありがとうございます! 先輩が話通してくれて」
『任された』と思い込んでいるから、自分の裁量で動いているつもりなのだろう。
私は慌てて止めた。
「ちょっと待って」
夫は私の方を向かず、後輩にだけ言う。
「大丈夫大丈夫。うちの敷地なんだから。月1万でいいよ、相場より安いだろ?」
私は夫を外へ連れ出した。
「お金まで取るの? お父さんは他人に置かせるのを嫌がってた。近所の出入りが増えると揉めるからって。私も困るよ、荷物が運べない」
「だったら先に荷下ろしすればいいだけだろ。俺だって家のために管理してるんだよ。義父さんにも任されたし」
「それを『管理』だと言われても、敷地をお金で貸す話までは一度も聞いていないよ」
話は平行線だった。後輩は「先輩がOKって言ったなら」と信じ切って、その日から玄関側に車を置くようになった。私はやむなく時間をずらした。夫の顔を立てるためじゃない。ただ、門の前で言い争って近所に聞かれるのが嫌だった。
月末をまたいで、夫は後輩から受け取った封筒を二度、何食わぬ顔で財布にしまった。小遣い稼ぎをしている自覚はあるのだろう。
そんな折、父の四十九日が来た。
「娘へ…」と書かれた封筒を受け取る
自宅で親族と近しい人を招いた。
焼香が落ち着いたころ、近所の文具店の店主が小さな封筒を差し出した。父の同級生だ。小さい頃から鉛筆もここで買った。
「お父さんから預かってた。『家だと揉めるといけないから、四十九日に娘へ渡してくれ』って言われてね」
表には父の字で「娘の○○へ」。裏には店主の印。中には、一枚の便箋。
『玄関側の一台分は娘のため。他人に置かせるな。荷が多い日や、夜遅くなるときは特にそうしろ。父より』
日付は亡くなる一週間前。最後に会った日の父の顔が浮かんだ。
私はその場で夫を呼んだ。ちょうど表には、あの後輩の車が止まっている。
「これ、読んで。お父さんの字だよ」
私は便箋とあわせて、私が所有者だと分かる登記事項証明書の控えも夫に示した。便箋を夫の前で読み上げる。居間にいた親族も耳を傾けた。
夫は便箋を手に取り、視線を泳がせた。
「……俺、義父さんに『任せる』って言われたつもりだった。病室で、挨拶したときに……でも、勘違いしてたかもしれない」
私は店主に目を向けた。
「おじさん、父が病院でそんなこと言う人でした?」
「いやあ、あの人はきっちりしてたよ。『娘に任す』って、うちでも何回も言ってた」
夫から後輩にメッセージを送ってもらった。
「少し来てもらえますか。大事な話なので」
その晩に、便箋を後輩にも見せる。
「駐車場の件ですが、私は聞いてませんでした。私の父は、こう言ってます」
「すみません、すぐ移動します」
後輩は深く頭を下げた。
「事情、全然知らなくて。家のことなら、ご家族の意向に従います。本当にすみません。今すぐどかします」
彼はキーを取りに走り、車を近くのコインパーキングへ移した。
私は夫を見た。
「受け取ってた分、返してあげて」
夫は黙って財布を取り出し、一万円札を二枚、後輩に手渡した。
「悪かった。二ヶ月分だ。迷惑かけた」
後輩は「いえ、こちらこそ」と言い、もう一度頭を下げて帰っていった。
居間に戻ると、父の同級生がうなずいた。
「それでいい。お父さん、これで安心するよ」
夫は私に向き直った。
「……悪い。勝手に決めすぎた。『任せる』を都合よく受け取ってた」
「これからは、駐車に関することは私が決める。玄関側は私と来客用。いいね」
夫は小さくうなずいた。
ポールを立てて、連絡は私へ
翌週、玄関側のスペースに差し込み式のポールを立て、来客のときだけ外すようにした。親しい人には、車で来るときは私へ連絡してもらうことも伝えた。
夫の後輩が家に来ることはなくなった。夫は最初のうち気まずそうにしていたが、休日にまとめ買いするとき、私が玄関前に車をつけると、素直に荷物を運んでくれるようになった。
父の字の便箋は、クリアファイルに入れて私の机の引き出しにしまってある。見るたびに、助けられた気持ちになる。
もめ事は、それ以来起きていない。
さいごに
家の中の場所や役割も、「いつもそうだから」ではなく、誰が何のために使うのかを言葉にすると行き違いを減らせます。あなたの家で、まだ曖昧なままになっている決まりはありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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