経理部に配属されて3年。先輩の言葉が、ずっと頭の中でリフレインしていた。
「この仕事はセンスがないとできないから、仕方ないわよね」
そう言われるたびに、私はうまく返す言葉が見つからなかった。
「素人考えよ」と一蹴された日々
先輩は経理歴20年以上のベテランで、部内での発言力は絶大だった。
月次の締め作業を少し効率化しようと提案した日のこと。
「この入力フローを変えると確認が一手間減ると思うんですが」と言うと、先輩はコーヒーカップをゆっくり置いてから口を開いた。
「それ、素人考えよ。なんでそこを変えたらいけないか、わかる?センスがある人なら直感でわかることなの」
理由は教えてもらえなかった。
書類の並び順を変えてみたとき、締め後の確認リストをデジタル化しようとしたとき。何をしても「センスの問題」で終わった。
——私の考えって、そんなにおかしいのかな。
自信がじわじわと削れていくのを、どうにも止められなかった。
「なんとなくわかる?」──自分の口から出た言葉
そんな日々が続いたある月末。新しく入ったパートの方が、私の隣の席で研修を受けていた。
「この科目コードの振り分けって、どういうルールで決まるんですか?」
そう聞かれた私は、一瞬考えてこう答えていた。
「うーん、ルールというか……慣れてくればなんとなくわかってくるんです。経験かな」
「そうなんですね」と小さくうなずいて、また画面に向き直るその横顔を見て、私は急に手が止まった。
——あれ。今、私、ちゃんと説明できなかった。
「なんとなく」「慣れ」「経験」。言い換えれば、「センスがある人はわかる」と同じことを言っていなかったか。
傷つけた側は、気づかない
少し席を外した隙に、私はメモ帳を開いた。「なぜこの科目コードはこう振り分けるのか」を言語化しようとして——あっさりできた。
ちゃんと理由があった。説明できる話だった。
私が「なんとなく」と言ったのは、説明が難しかったからじゃなくて、とっさに言葉を組み立てるのが面倒だったからだ。
——先輩も、もしかして同じだったのかな。
センスとか直感とか言いながら、実は自分でも言語化が億劫だっただけ。そうだとしたら、あの時の先輩と、今の私は、ずいぶん似ている。
青ざめた、というのは大げさかもしれない。でも、じわっと冷えるような感覚が胸のあたりに広がったのは確かだった。
先輩の言葉は今も苦しい。それは変わらない。
だけど、傷つけた側は案外、傷つけたことに気づいていないものなのかもしれない——自分がそうだったように。
さいごに
「センスの問題」という一言は、言った側にとっては何気ない言葉でも、受け取った側には何日も残ることがある。
そして傷ついた経験のある人が、気づかないうちに同じ言葉を誰かに渡してしまうことも。悪意がないぶん、立ち止まれた今日はちょっと大事な日だったかもしれません。
あなたにも、思い当たることはありますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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