義母は「本物を知っている」という言葉が口癖だ。帰省するたびにどこかでその言葉が飛んでくる——料理でも、ブランドでも、子育てでも。
「本物講義」は玄関を開けた瞬間から始まる
到着してコートを脱いだとき、義母の視線が私の首元で止まった。
「あら、そのストール、化繊かしら。やっぱり本物のカシミヤは肌触りが全然違うのよね」
挨拶もまともにできないままに始まる格付け。もう何度目かわからない光景に、私の心は条件反射で「はいはい」と聞き流すモードに切り替わった。
義母は若い頃に百貨店での勤務経験が長かったらしく、素材・産地・職人技についての知識はそれなりに本物だと思う。ただ問題は、それを「教えてあげる」ではなく「あなたは知らないでしょう」という角度で話すことで——じわじわと心が擦り減っていく感覚があった。
ランチでも止まらない、食卓の「本物講義」
お昼は義母の手料理をいただいた。
「お出汁はね、ちゃんとかつお節から引かないと意味がないの。パックのものとは香りが全然違うわ」
ひとくち飲んで、確かにおいしいと思った。でも私が毎朝5分でつくる味噌汁だって家族は喜んで飲んでいる——そう心の中でこっそり反論しながら、「おいしいです」と微笑んだ。
夫はというと、絶妙なタイミングで義母にお茶のおかわりを頼んでいた。上手に逃げるな、と思いつつ、羨ましくもある。
「やっぱり本物は違うわね♡」→税込110円です
食後、ソファでひと息ついていたとき、私が鞄からポーチを取り出した。
なんとなく手元を見ていた義母の目が、すっと細くなった。
「あら、そのポーチ、素敵ね。やっぱり上質なものを持つって大事よ。本物は違うわね」
……先月、近所の百均で買ったやつだ。
革風の素材で、確かに見た目はそれっぽい。でも税込110円。レシートがあれば証明できる。
どう返せばいいか迷っていたら、隣の夫と目が合った。夫の目が「あ、それ百均のやつだよね」と言っていた。私も目だけで「そう、百均」と返した。
声に出さないまま、なんだかおかしくなってきた。
帰り道に笑って、なんだか楽になった
車に乗り込んで少し走ったところで、夫がぽつりと言った。
「お母さん、嬉しそうだったね」
と。思わず私も
「うん、格付け成功してたね」
ふたりで吹き出した。
義母が悪い人だとは思っていない。品物への敬意は本物なんだと思う。ただ、義母が百均のポーチを「上質」と評した事実は、なんとも味わい深かった。
帰省のたびに繰り広げられる義母の格付けは、今やすっかり「夫婦ふたりのネタ」になっている。いちいち頭を抱えていた最初の頃とは違う、ちょっとした余裕——それだけは、本物かもしれない。
さいごに
「本物」を見抜く自信が、百均ポーチに完敗した日——くすっとするオチだけど、帰省あるあるとして思い当たる方も多いのでは。義母の言葉に傷ついた日があっても、夫と笑い合えた帰り道はちゃんと温かい。あなたの帰省にも、こんな「ネタ」に変わった瞬間、ありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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