入園が決まったとき、同じ園に第三子を通わせているという先輩ママからLINEが届いた。「わからないことだらけで不安でしょ? 何でも聞いて」。その言葉は、正直ありがたかった。
「これ買っといて。ないと困るから」
最初のメッセージは、お道具箱のメーカー指定だった。
「ここのじゃないと引き出しに入らないよ」「上履きはこのブランドが洗いやすい」「コップ袋は縦○センチ以上じゃないと先生に注意される」——。
毎日のように”正解”が送られてきた。
疑問がないわけじゃなかった。でも「先輩ママが言うなら」と、私はそのたびに自分の考えを引っ込めた。指定外のものを買いかけてはやめ、気に入った柄のバッグを諦め、先輩ママのリストをなぞるように準備を進めた。
——これが正しい。これで安心。そう言い聞かせながら。
「先輩ママはこう言ってたけど……」が、口ぐせになっていた
入園後も連絡は続いた。
「あの先生は○○が苦手だから気をつけて」「役員は絶対に一年目で引き受けないほうがいい」「懇談会ではこういう発言が無難」。
情報量が多くて、最初は助かると思っていた。でも気づけば、先輩ママのLINEを確認しないと何も決められない自分がいた。
公園でほかのママと話すときも、「先輩ママはこう言ってたけど……」と頭の中で参照してしまう。
——あれ、私の意見って、どこにいった?
参観日、「コップ袋の縦幅」なんて、娘はひとつも気にしていなかった
はじめての参観日。
「失敗させないように」と、あの細かい指定通りに揃えた持ち物を持って、娘は教室にいました。
教室の後ろから娘を探すと、友達と肩を寄せ合ってケラケラ笑っていた。
先生の話を聞くときはちゃんと前を向いて、粘土をこねるときは夢中で手を動かしていた。
その姿を見た瞬間、ハッとしました。
コップ袋の縦幅が何センチか、上履きがどのブランドか、お道具箱のメーカーがどこかなんて——娘の充実した園生活には、何ひとつ関係がなかったのです。
そのとき、ふわっと気が抜けた。
「私のやり方でよかったんだ」ではなく、「私のやり方でも、全然よかったんだ」という感覚。ニュアンスは違うけど、胸に落ちた感じはたしかにあった。
先輩ママに怒りが湧いたかというと、そうでもなかった。むしろ気になったのは、自分のことだった。
——なぜ私は、あんなに疑わずに従い続けたんだろう。
不安だったから。初めてだったから。「失敗したくない」という気持ちが、誰かの正解にしがみつかせていたんだと思う。先輩ママの過干渉を受け入れていたのは、ある意味、私自身でもあった。
さいごに
「正解」を教えてもらえると、ついホッとして自分の感覚を後回しにしてしまう——そんな経験、ありませんか?でも子どもが楽しそうにしている姿が、何よりの答えだったりするものですよね。あなたなら、誰かの”正解”が気になったとき、どうしますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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