黒いネクタイを結び直し、私は受付横の控え席で手帳を開いた。
祖母の告別式。喪主の母を支えるため、配席と香典の受付を任されている。
頭の片隅で、朝から兄の既読がつかないことが引っかかっていた。
「席がないなら香典返せ!」兄が押し込んできた
霊柩車が出て、会場は精進落としの準備に切り替わった。
そのとき、扉が勢いよく開き、汗のついた前髪を片手で払った兄が入ってきた。
「遅れて悪い、ほら、オレの席どこ?」
受付にいた従妹が名簿をめくる。
「満席で…追加は今すぐは難しくて」
「満席? じゃあ席がないなら香典返せ!」
近くの親族が顔を見合わせ、受付の手が止まった。
「ここでそれ言う?」と私が小声で止めると、兄は肩をそびやかす。
「だって出してるんだから当然だろ。食事する権利あるよな?」
「出したはずだ」の一点張りに違和感
前日の親族グループには「精進落としは要・不要を既読で」と締切を流していた。
兄だけ既読がつかず、当日の朝も電話に出ない。だから配席表に兄の名前は入っていない。
「お兄ちゃん、出欠の連絡なかったよ。料理は人数で発注してるから、今は増やせない」
「だから香典! 昨日の通夜で出したって」
「誰に渡したの?」
兄は目を泳がせた。「…受付の誰かに」
葬祭スタッフが小声で耳打ちしてくる。「お料理、追加は厨房がもう締め切ってまして…」
このまま言い争えば、母に負担がのしかかるだけだ。私は受付の引き出しを開け、母に目で合図を送った。香典帳と配席表はここにある。
「兄名義の香典は…ありません」母が告げる
控室から戻った母は、白い腕章を整えて前に出た。私が香典帳と配席表を手渡す。
母は表紙をめくり、「確認します」とだけ言って、受付の控えメモも一緒に見比べた。
そして、会場に届く声で告げる。
「兄名義の香典はお預かりしていません。精進落としの出欠の連絡も、いただいていません」
「……え?」
兄は言葉を詰まらせ、私の手元をのぞき込む。
母は首を横に振り、はっきりと言った。
「どなたか経由で預けた場合も、お名前を帳面に記します。記載はありません」
私は配席表を兄の目の高さに差し出す。見開きのどこにも、兄の名はない。
「取り乱した、ごめん」兄が頭を下げた
数秒の沈黙のあと、兄は一歩下がって頭を下げた。
「…ごめん。連絡、見てなかった。香典も、まだ出してない」
親族は誰も責める言葉を口にしなかった。従妹が名簿を閉じ、いとこたちが祭壇の花を整える。
母は短くうなずく。
「今日はこのまま見送りましょう。食事は手配の都合で増やせません。後日、落ち着いてから皆で祖母の思い出を話しましょう」
兄は「うん」とだけ答え、ロビーの椅子に腰を下ろした。精進落としには入らず、最後まで片付けを手伝っていた。
「通知切ってた」翌日の兄の長文
翌日、兄から長いメッセージが届いた。
「昨日は本当にすまなかった。香典は用意して直接渡す。グループ、通知切ってた」
私は既読をつけ、母と相談して返信をまとめる。
「これから親族の出欠や段取りは、私が窓口になるね。締切と人数は書面とグループの両方で共有する。分からないことは早めに連絡して」
兄はすぐ「了解」と返し、数日後、祖母の仏前で長く手を合わせた。小袋を供え、深々と頭を下げる。あの日の剣幕はなかった。
その後
それからの集まりは滞りなく進んでいる。出欠の確認は一本化、配席表は紙とデータをそろえ、香典帳は受付と喪主で必ず突き合わせる。
手間は増えたけれど、現場で迷わないように手順を書き出し、誰が見ても分かるようにした。
あのときは、帳面と配席表を出して事実を示すだけで十分だった、と今も思う。
さいごに
大事な場ほど、言い合いより段取りが効きます。喪主のひと言は、場を荒らさないための最短の合図でしたよね。忙しいと連絡は抜けがち。あなたの家では、窓口を誰にするとスムーズに回りそうでしょう?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


コメント
霊柩車が出たってことは葬儀は終了してて、兄は連絡もせず精進落としのみ参加するつもりだったの?
昨夜香典渡したつもりだったってことは通夜にはいたの?
通夜に来たならその時出欠聞けばよかったのに。
そもそも霊柩車出たのについていかず精進落としする地域ってどこだろ?
霊柩車と一緒に火葬場行ってお骨拾ってから会食するパターンしか経験ないわ。