父が逝って、初めて迎えるお盆だった。
喪主になったのは私。でもその夏、仏壇の前に座ろうとした私を静かに止めた人がいた。
「そこはわしの席じゃ」──毎年の光景が、今年だけは違って見えた
お盆になると、父方の親族が実家に集まる。
その中で一番存在感があるのが、父の兄、つまり私にとっての伯父だ。
70代になった今も背筋が伸びていて、誰より先に仏壇前の座布団に腰を下ろし、誰より大きな声でお経を読む。
駐車場の一番奥の日陰の特等席も、食卓の上座も、伯父のものだった。
子どもの頃から「そういうものだ」と思って育った。父も何も言わなかった。
ただ今年は、事情が違う。
父が亡くなり、仏壇に父の遺影が加わった。私が喪主として初めて仕切るお盆。親族が集まる前に仏壇の前に座って手を合わせようとした瞬間、背後から声がした。
「そこはわしの席じゃ」
振り返ると、伯父が立っていた。表情は穏やかで、怒っているわけではない。ただ、当然のことを言っている顔だった。
——今年くらいは、いいんじゃないか。
そう口に出しかけた。でも、できなかった。
「お父さんはね、わかってて譲ってたんだよ」
その夜、親族が帰ったあと、母と二人で後片付けをしていた。
私がぽつりと「なんで毎年、お父さんはあの席を伯父さんに譲ってたんかな」と言うと、母は少し間を置いてから、こう言った。
「わかってて、譲ってたんだよ」
母によると、父と伯父は若い頃に一度、深刻な仲違いをしたことがあったらしい。原因は祖父の遺産のこと。詳しくは教えてもらえなかったけれど、二人の間には長いこと、埋まらない溝があったそうだ。
「お兄さんが仏壇の前に座りたがるのは、亡くなったお父さん(祖父)に、自分が跡を継いだって示したいからだって、お父さんは言ってた。だから、ここに帰ってきてくれるなら、席くらい譲る、って」
私は、言葉が出なかった。
怒りより先に、泣けてきた
伯父のことを、ずっと「場所を占領する人」だと思っていた。
でも父は、そんな伯父の背景を知っていて、黙って席を空けていた。
文句ひとつ言わず、毎年、当たり前のように。
——お父さん、そんなこと考えてたのか。
仏壇の遺影を見たら、父がいつもの顔で笑っていた。少し困ったような、でも穏やかな笑顔。
伯父への怒りは、いつの間にか消えていた。代わりに、父のことがただ、泣けて仕方なかった。
来年のお盆も、たぶん伯父は一番に仏壇前に座るだろう。
でも私はもう、それを止めようとは思わない。
さいごに
父が「わかってて譲ってた」と知ったとき、胸にじんとくるものがありました。声も立てず、誰にも言わず、ただ席を空け続けた父。家族の中には、知らないだけで、そんな静かな気遣いが隠れていることがあるのかもしれませんね。
あなたの家族にも、そんな「黙って続けてきたこと」、ありますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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