兄が帰省する日だけ、実家の家族が「よそゆきの顔」をする。
毎週のように顔を出している私には、その変わりようが少し——いや、かなり刺さる。
「お兄ちゃんが帰ってくるから」で実家が別世界に
連絡が来たのは、その週の月曜日だった。
「土曜日にお兄ちゃんが帰ってくるから、あなたも来なさい」
母からのLINEは、どこかソワソワした空気まで伝わってくるような文面だった。
当日、実家に着くと、玄関には兄の好きな和菓子の箱。食卓には、普段は「めんどくさいから」と言って作らないちらし寿司と煮物の小鉢が並んでいた。
——私が先週来たとき、夕飯はスーパーのお惣菜だったけど。
心の中でそっとつぶやいて、椅子に座った。
目に涙をためる母、よくしゃべる父の姿にことばが出ず
兄が「ただいまー」と玄関を開けた瞬間、母の目がうるっとした。
「会いたかったわぁ」
その一言で、場の空気がふわっと温かくなる。父もいつになく口が軽くなって、仕事の話や昔の思い出を次々と語りかけていた。
悪い光景じゃない。むしろ、すごく「家族」っぽい。
でも私は、少し離れたところからそれを眺めながら、妙な感覚を持て余していた。
——私が来たとき、お母さんが目を潤ませたことって……あったかな。
責める気持ちではない。ただ、ふと、そう思ってしまっただけだ。
帰り道ずっと考えた「これ、なんていう感情だろう」
夕食を終えて、私が「じゃあ帰るね」と立ち上がったとき、母は兄と笑いながら昔のアルバムを広げていた。
「あ、うん、気をつけてね」
いつもと同じ言葉。いつもと同じトーン。
車に乗って、エンジンをかけて、しばらく動けなかった。
悲しいわけじゃない。怒っているわけでもない。でも、なにかがじんわりとした重さで胸の中に残っている。
近くにいることが、「いて当たり前」になっていく感覚——。
年に数回しか来ない兄は「特別なゲスト」で、毎週来る私は「いつもいる人」。
そうなってしまうのは、わかる。理屈ではわかる。
それでも、帰り道の20分、ずっとこの気持ちに名前をつけようとしていた。
「慣れ」とも違う。「嫉妬」とも少し違う。「寂しい」が一番近いかもしれないけど、なんか違う気もする。
結局、家に着くまで答えは出なかった。
さいごに
近くにいる人ほど「いて当たり前」になってしまうのは、どの家族にもあることかもしれません。悪気がないのに、ちゃんと胸に刺さる——そんなモヤッとした気持ち、あなたにも覚えがありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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