義父の介護が始まって5年。気づけば私たちの家計は、じわじわと削られ続けていた。
義兄は「みんなで支え合おう」と笑顔で言い続けたのに——。
「費用は半分ずつ出し合おう」の約束
義父が要介護2の認定を受けたのは、今から5年前のことだ。
夫には兄がひとりいる。義兄は50代で自営業を営み、車で30分ほどの場所に妻と暮らしている。義父の自宅は私たち夫婦の家から徒歩10分。自然と、介護の中心は私たちになった。
最初の話し合いで、義兄は言った。
「介護費用はふたりで折半しよう。俺も責任持って出すから」
夫はその言葉を信じた。私も信じた。まさか、それが最初で最後の「誠意ある発言」になるとは思わずに。
「振り込んだって言ったじゃないか」が続く日々
デイサービスの利用料、訪問介護のヘルパー代、おむつや介護用品の購入費、医療費の自己負担分——毎月かかる費用をまとめ、私は義兄に連絡を入れた。
最初の数ヶ月こそ、少額が振り込まれてきた。だがある月を境に、ぱったり止まった。
「先月振り込んだよな?」
「口座番号、間違えてたんじゃないか」
「今月は資金繰りが厳しくて」
「嫁さんが手続きするって言ってたのに」
言い訳は毎回変わった。
義兄の妻に連絡しても「主人から聞いてないので」とかわされる。夫が直接電話をすると「兄弟なんだから、もう少し融通を利かせろよ」と逆ギレされることも珍しくなかった。
——これは、意図的だ。私はそう確信し始めた。
5年分の家計簿と領収証、全部残してあった件
私はもともと家計管理が細かいほうだ。
介護費用については、支出のたびに専用の家計簿に記録し、レシートや領収証もひとつのファイルにまとめていた。
義兄からの入金も、通帳のコピーに蛍光ペンで印をつけて保管していた。
5年分を全部並べてみると——義兄側の実質負担は、総額のわずか4%だった。
介護にかかった費用の概算は約450万円。義兄が実際に出したのは18万円ほど。残りはすべて私たち夫婦が背負っていた計算になる。
数字を見た瞬間、夫は黙ってしまった。私も言葉が出なかった。怒りというより——ああ、そういうことか、という冷たい納得感だった。
弁護士の前で、通帳を開いた日
夫は当初「家族なんだから、話し合いでなんとかしたい」と言った。私もそれを望んでいた。だが5年間の「話し合い」は、すでに何十回と繰り返されていた。
知人に紹介してもらった弁護士に相談したところ、「記録が整っているので、費用の精算請求は十分に可能です」と言われた。
弁護士から義兄に対して、費用精算を求める内容証明郵便が送られたのは、義父が施設入所を決めた直後のことだった。
その夜、義兄から夫の携帯に電話がかかってきた。これまで電話口では常に強気だった義兄の声が、初めて——震えていた。
「弁護士なんか使って、そんなことするのか」
「兄弟でやることじゃないだろう」
夫は静かに答えた。
「5年間、同じことを言い続けたよ。もう話し合いじゃ解決しないと判断した」
義兄夫婦が青ざめた、その後
弁護士を通じた交渉の結果、義兄は費用の一部を分割で支払うことに合意した。全額ではなかったが、記録が整っていたことで義兄側も強く出られなかったようだ。
義兄の妻は交渉の場に一度も顔を出さなかった。義兄本人も、弁護士を前にしたとたんあの強気な口調がすっかり消えていたと、夫から聞いた。
精算が終わり、義兄夫婦とは事実上の絶縁状態になった。法事など最低限の場では顔を合わせるが、プライベートな連絡はお互いにしていない。
正直、寂しさがないとは言えない。でも——5年間感じ続けた「なぜ私たちだけが」という重さが、ようやく下りた気がした。
さいごに
介護は、善意だけでは回らない。費用も労力も、最初から「記録する」と決めておくことが、いちばん自分たちを守る手段になるかもしれませんね。
誠実にやってきた分は、ちゃんと数字に残っています。記録は、静かな味方です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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