新しい住宅地に越してきて、段ボールがまだ積まれている頃。玄関先に立った隣の女性が、にっこりしながら軍手を見せた。
嫌な予感は当たった。
「若い奥さんは6時集合ね♡」の朝
「若い奥さんは6時集合ね。明日は清掃。分かる?」
初対面でそう言われて、私は固まった。「まだ自治会には加入してません」と返すと、女性は肩をすくめた。
「そういうの関係ないの。若い人が動くのがここのやり方よ」
「加入の案内や規約って、ありますか?」と聞くと、「書類なんてないのよ、昔からそうしてるだけ」と笑う。引っ越しの挨拶すらこれからなのに、“若い奥さん”と決めつけられている。夫は単身赴任で、いま家にいるのは私だけ。年齢で役割を押しつけられるのは無理だ。
翌朝6時、外がざわついた。窓からのぞくと、あの女性が玄関の前に立っていた。私の家だけを見上げ、腕時計を指差している。
インターホンが鳴り、短い呼び出し音が続く。「今日は無理です。加入の話もまだなので」と伝えると、女性は鼻で笑った。「若いのに大げさね。次は来てよ」
玄関前で待ち伏せ、張り紙まで
それから数日、ポストに手書きのメモが入るようになった。「次は草むしり。7時集合」「炊き出し担当・若い奥さん」。
掲示板にも紙が増えた。マジックで「若い方は清掃6時」と大きく書かれている。誰が貼ったのかは分からないけれど、字はポストのメモと同じ癖があった。
休日の朝、また玄関前であの女性が待っていた。軍手、ほうき、タオルまで私の分を持っている。
「まだ独身気分? こっちは皆でやってきたのよ」
「加入前の活動はしません。連絡もポストに入れないでください」そう言ってドアを閉めた。これ以上、受け流すことは出来ない。加入前の活動を一方的に命じられる筋合いはないし、玄関前での待ち伏せはただの迷惑だ。
回覧板の連絡表を見直し、自治会長の番号に電話をかけた。「加入について相談したいことがあります。玄関前での呼び出しや、掲示板の紙の件も困っています」と伝えると、会長は「状況は分かりました。次の集まりの時に一緒に行きます。その場で説明しますよ」と答えた。
「加入は任意です」会長が到着
次の清掃日。女性はまた我が家の前に立っていた。「今日は来るでしょ?」
私は玄関で言った。「自治会加入のこと、会長さんに相談しました。今朝、ここに来てくれます」
数分後、帽子をかぶった会長が自転車で到着した。挨拶を交わし、私と女性の間に立つ。
「お話を聞きました。まず、自治会の加入は任意です。入らない方に活動を求めることはできません」
女性は眉を上げた。「昔から若い人がやるのよ。ウチもそうしてきたし」
会長は首を振った。「昔どうだったかは別として、今はそういう決まりではありません。それから、個人宅の前での待ち合わせや、無断の呼び出しは迷惑になります。やめてください」
会長の指示「個人宅で待たない」
会長は続けた。「掲示板に“若い方は6時”と書いた紙がありましたね。自治会として出した案内ではありません。誰が貼ったとしても、特定の属性に役割を当てる表現は不適切です。今すぐ外します」
私は心の中で頷いた。女性は腕を組み、言葉を探すように口を開け閉めした。
「じゃあ誰が草むしりするのよ」
「参加はボランティア。必要な作業は、回覧で希望者を募ります。連絡は私か班長経由にしてください。個人宅への私的な指図や待ち伏せ、ポストへのメモ投函はしないこと。いいですね」
女性は目線を落とし、短く返事をした。「……分かったわ」
会長は掲示板の紙をはがし、折りたたんでカバンに入れた。「こちらは預かります。それと、今後このお宅への接触は控えてください」
「私、悪気はなくて」
「善意でも、相手が困っていれば迷惑です」
はっきり言い切られ、女性は頷いた。会長は私に向き直る。「加入の件は、落ち着いてからで構いません。質問があれば、いつでも連絡を」
「掲示板の紙、なくなったね」
それから、玄関前に人影が立つことはなくなった。ポストのメモも止まった。
通りで顔を合わせると、女性は会釈だけして通り過ぎる。目線は少し泳いでいる。
別のご近所さんが声をかけてきた。「掲示板の紙、なくなったね。あれ、気になってたの」
「会長さんが外してくれました」
「よかった。うちも“若手”って書かれて、なんだかモヤモヤしてて」
みんなが賛成していたわけじゃない。言えないだけで、困っていた人は他にもいたらしい。
我が家の朝と休日が戻った
週末の6時に、玄関ベルが鳴ることはない。朝はコーヒーを淹れてから洗濯機を回し、片付けの段取りも自分で決められる。
自治会には、引っ越しの片付けが落ち着いてから加入した。会則と活動予定を読み、できる範囲に印をつけて提出した。
会長から届いた返信は簡潔だった。「無理のない範囲で。何かあれば班長へ」
「若い奥さん」と呼ばれることもなく、普通の挨拶に戻った。必要な連絡は回覧で届き、参加できない時は連絡を入れれば済む。朝の予定に他人が入り込むことは、もうない。
さいごに
思い込みの「昔のやり方」は、ルールを言葉にしてもらうだけで止まることがあります。権限のある人に相談するのは有効ですね。無理を抱え込む前に窓口を探す。その一歩で日常は変わるのかもしれません。あなたなら、どうしますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



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