小さな制作会社で働いている。既婚者の上司が「出張は新人の○○と二人で」と言い出してから、休憩スペースでその名前が小声で出るようになった。私は巻き込まれないように、いつも通り過ごすしかないと思った。
上司「外出理由、合わせといて」
ある朝、上司がコートを手に私の席へ来た。
「外出理由、合わせといて」
私は予定表を指さした。
「予定どおりで伝えます」
「取引先調整って言っといて」
「代表電話に出たら、携帯におつなぎします」
昼には同僚がひそひそ聞いてくる。
「また二人で行ったの?」
「分からない。私は行ってないから」
それだけ答えて、発注書に戻った。
私が決めたのは三つだけ。嘘はつかない。代表電話は本人へ回す。雑談で広めない。
大げさな正義じゃない。勤務時間まで穏やかに過ごすため、最低限のことをするだけだ。
「また外出中です」と答えた日
数週間後、受付に人影が見えた。紙袋を両手に下げた女性が、名字だけ名乗って言った。
「○○は、こちらにいますか?」
私は受話器を置き、決まり文句で答えた。
「今は外出中で、戻りは未定です」
相手は小さくうなずき、紙袋の持ち手を握り直した。「分かりました」とだけ言って、うつむいたまま扉へ向かった。
私は追いかけなかった。かけるべき言葉が見つからなかった。
その日の夕方、上司は何事もなかった顔で戻り、会議の資料に赤字で修正を入れた。私は赤字を直し、次の原稿の締切を確認した。仕事は進めるしかない。
「庇わなかったのに、ありがとうございません」
ほどなく、新人が退職した。引継ぎのファイルと一緒に、短いメモが机に残っていた。
「庇わなかったのに、悪く言わなかったこと、ありがとうございました」
まっすぐな字で、それだけ。私はしばらく紙を見た。誰かの嘘に加担もせず、告発もせずに距離を置くことが、逃げるきっかけになることもあるのかもしれない。
上司は相変わらず忙しそうにしている。社内の話題は次へ移った。
翌朝、受話器をとる。
「お電話ありがとうございます。担当におつなぎします」
嘘はつかない。乗らない。広めない。小さな選択を、今日も繰り返す。
さいごに
誰かの嘘に乗らず、悪口にも乗らない。そんな小さな選択が、働く毎日を少し楽にしてくれることがあります。もし似た場面に立ったら、どんな距離の取り方が自分を守れそうですか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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