義父(82歳)が要介護2の認定を受けてから、もう2年が経つ。週末は新幹線に乗り、片道2時間かけて義実家に通う生活が続いている。
なのに、何かを「決める」立場に、私は一度もなったことがない。
「長女が管理するのが当然」──その言葉の重さ
義父の通帳と印鑑は、義姉が持っている。
義姉は50代で、義実家から車で15分ほどのところに住んでいる。「長女が管理するのは当然でしょ」と言って、そのままもう2年。義父の医療費の支払いや施設への積み立ても、すべて義姉の判断で動いている。
私たち夫婦は、何にいくら使われているのかを知らない。
夫が「一度、家計の状況を共有してほしい」と伝えたこともあった。返ってきたのは「何が不満なの? 私がちゃんとやってるから大丈夫でしょ」という一言だった。
週1の”ちょっと寄る”が「一番の親孝行」になる不思議
義姉が義実家に顔を出すのは、週に1回ほど。近所なので「ちょっと寄った」程度の感覚らしく、滞在時間は1〜2時間と聞いている。
それ自体を責めるつもりはない。でも、親族の集まりで義姉が「私が一番親のそばで支えてるんだから」と話しているのを聞いたとき、ちょっと言葉に詰まった。
私が週末ごとに往復4時間かけて通い、食事の準備や通院の付き添い、ケアマネさんとの連絡調整をしている。その事実は、どこにも出てこない。
施設も医療方針も、知らされるのはいつも「決まった後」
先月、義父のショートステイ先が変わった。
連絡が来たのは、契約書類が届いた翌日だった。「こっちの施設のほうが良さそうだから変えたよ」と義姉からLINEが1通。私たちに相談はなく、夫も事後報告で知ったという。
新しい施設のことも、変更の理由も、義父が何と言っていたかも、何もわからない。
夫に「せめて事前に話してほしかった」と伝えると、「姉は姉なりに考えてやってくれてるから」と返ってきた。そうかもしれない。でも、その言葉でモヤモヤが消えるかといえば、そうでもない。
「なんかおかしい」に、まだ名前がついていない
近くにいる義姉が管理を担うのは合理的かもしれない。遠方から通う私が文句を言える立場ではないのかもしれない。
そう自分に言い聞かせながら、それでも週末の新幹線に乗るたびに、ぼんやりとした重さが胸の中に残る。
義父のために動いている、その気持ちは本物だ。ただ、その動きが誰かに見えていなくても構わないのに、何かを決める席には一度も呼ばれない——その非対称さに、まだうまく名前がつけられずにいる。
さいごに
近くにいる人が管理を握り、遠くから動いている人には何も知らされない。介護あるあるのすれ違いが、じわじわとモヤモヤを積み上げていく。「おかしい」と声に出しにくいぶん、ひとりで抱えてしまいがちですよね。
同じ思いを抱えている方、いませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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