美容室って、なんであんなに人の口を軽くするんだろう。
鏡越しに視線が合わない分だけ、ちょっとだけ本音が出やすい場所なのかもしれない。
ハサミの音が、急に静かになった
担当してもらっているスタイリストの森川さん(仮名)は、施術しながらよくしゃべる人だ。お客さんの旅行話を聞いては「いいなあ!」と声を上げて、季節の話、ドラマの話、どんな話題でも楽しそうに乗ってくれる。
その日も最初はそうだった。
「最近どうですか?」「暑くなりましたよね」——いつもの会話のリズム。
でも、ハサミの音がふと止まった。
「……あの、変な話していいですか」
「既婚者なんです、その人」
鏡の中の森川さんは、少し目を伏せていた。
「好きな人がいて。でも、その人、既婚者なんです」
私は何も言えなかった。
「え」とも「それは……」とも、言葉が出てこなかった。
「自分でも、ダメだってわかってるんですよ。わかってるんですけど」
ハサミがまたゆっくり動き始めた。
森川さんは笑おうとしていた。口の端が少し上がっただけで、目は全然笑っていなかった。
——ああ、この顔、知ってる。泣きたいのに泣けない人の顔だ。
責める気にも、励ます気にもなれなくて
「ずっと誰かに話したかったんですけど、友達に言うと絶対引かれるから」
そう言って、また少し笑った。
私はただ「うん」と言った。「うん、うん」と。
正直、何が正解かわからなかった。「別れた方がいいよ」なんて言える立場じゃない。でも「大丈夫だよ」も、何が大丈夫なのかわからない。
だから何も言えなかった——でも、それでよかった気もした。
森川さんはその後、ぽつりぽつりと話してくれた。
出会った経緯、好きになった瞬間、どうにもならないとわかっていること。
私はずっと「うん」だけうなずき続けた。
「ありがとうございました」の声が、少し軽かった
施術が終わって、鏡の前で仕上がりを確認する。
森川さんは「お待たせしました、いかがですか?」といつもの声に戻っていた。
会計を済ませて、ドアを出るとき。
「今日、なんか楽になりました。ありがとうございました」
小さな声でそう言ってくれた。
私が「いえ、何も言えなかったけど」と返したら、森川さんは「それでよかったんです」と笑った。今度は、目も笑っていた。
帰り道、じんわりした温かさがずっと続いていた。
誰かの「言えない話」を預かった日って、こんな感じがするんだな、と思った。
さいごに
誰かに話せない気持ちを、ずっと一人で抱えている人って、きっと多い。「うん」とうなずくだけで、それが誰かの支えになることもあるんですよね。あなたにも、誰かの「うん」に救われた瞬間、ありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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