義母とは最初から、なんとなく距離があった。笑顔で接してくれるのに、どこかひんやりとした空気が漂っている——そんな感覚をずっと胸の奥にしまいながら、もう5年が経とうとしていた。
その違和感が「気のせいじゃなかった」とはっきりわかったのは、娘が生まれてからのことだ。
「写真を送っても、一言もない」
娘が生まれた直後から、義母の反応が薄いとは思っていた。
夫の兄夫婦には男の子がいて、義母はその子に会うたびに目を細め、誕生日には奮発したプレゼントを贈る。でも娘には「何かほしいものある?」と形だけ聞くだけで、うやむやになることが多かった。
写真を送っても既読がつかない日もある。「あら、かわいいわね」の一言もなく、数日後に「忙しくて見られなかったわ」と流される。
夫に相談しても「気にしすぎじゃない?」と苦笑いされ、私は自分の感覚を疑い続けた。
「次男の子どもは写真映えしないのよね」
きっかけは、ある日曜の午後だった。
夫が義母とビデオ通話をしていた。リビングのソファで、スマホを手に話している。私はキッチンで夕飯の準備をしながら、会話が耳に入ってきた。
「お兄ちゃんとこの子はほんとうに愛嬌あってさ、写真も何撮ってもかわいいのよ」
義母の声は弾んでいた。
「まあ、次男の子どもは写真映えしないのよねぇ。夫くんに似ちゃったから仕方ないけど」
——え?
手が止まった。うちの娘のことだ。夫のことを遠回しに貶めながら、娘の顔まで否定した。笑いながら。
思わずキッチンから出ていきそうになったとき、画面の向こうから別の声が割り込んできた。
「今……なんて言ったの?」
義母はそのとき、義伯母さん、夫の伯母にあたる人の家に遊びに行っていた。ビデオ通話は、その部屋の中でされていたのだ。
義伯母さんも画面の端に映っていた。そして、全部聞いていた。
「今、なんて言ったの。夫くんの子が写真映えしないって?」
義伯母さんの声のトーンが、明らかに変わっていた。
義母は「あ、いやそういう意味じゃなくて……」と笑ってごまかそうとした。でも義伯母さんは引かなかった。
「あなた、前にも言ってたじゃない。夫くんのとこには誕生日プレゼントを送る必要ないって。私はずっとおかしいと思ってたのよ」
夫は画面を見つめたまま、固まっていた。
義母の”本音”が、次々と暴露されていった
義伯母さんの口から、過去の発言が次々と出てきた。
「孫はお兄ちゃんの子一人でいい」「次男夫婦とは気が合わない」「あっちの孫の誕生日はスルーしてる」——義母がぽろぽろと義伯母さんに話していたことが、そのまま暴露されていく。
義母は「大げさに言ってるだけ」「冗談のつもりだった」と必死に訂正しようとしていたけれど、言い訳をするたびに義伯母さんの声は低くなっていった。
「冗談で孫の顔を貶める人がいる? あなた、嫁に聞かれてたらどうするの」
そのとき義母はようやく気づいたようで、「……嫁さん、そこにいる?」と画面越しに夫に聞いた。
夫は静かに「いるよ」と答えた。
私はキッチンの入り口に立ったまま、何も言わなかった。言わなくても、もう十分だった。
あの日から、義母は変わった
通話が終わったあと、夫はしばらく黙っていた。
「俺、ちゃんと向き合えてなかった。ごめん」
その言葉だけで、5年分の「気のせいかな」が少し溶けた気がした。
数日後、義母から私のスマホに連絡が来た。「この間は失礼なことを言いました」という短いメッセージ。謝罪なのか言い訳なのか判断しかねる文面だったけれど、義母から私に直接連絡が来たのは初めてのことだった。
義伯母さんはその後も義母に「孫に差をつけてはいけない」と話し続けてくれているらしい。夫がそっと教えてくれた。
娘への態度が劇的に変わったかと言えば、まだわからない。でも、もう「気のせいかな」と自分を疑うのはやめようと思っている。
さいごに
誰かに訴えたわけでも、証拠を集めたわけでもなかった。義母自身の言葉が、義母を追い詰めた。長年こぼしてきた本音は、思わぬ場所で、思わぬ人に届いていたんですね。孫への差別に気づきながら「気のせいかな」と飲み込んできた方、あなたにも似たような経験がありますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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