毎週月曜が、なぜか少しだけ憂鬱だ。
会社の制度には感謝しているし、仕事自体は好きなのに
——育休明けから時短勤務を使うようになって、じわじわ気づいてしまったことがある。
「いいよね、早く帰れて」が週に何度も飛んでくる
隣の席の同僚は30代の営業職で、仕事もできるし人当たりもいい。悪い人じゃない。本当に、悪い人じゃないんだけど。
会議が終わるたびに「時短っていいよね、楽で」とさらりと言う。
定時近くに席を立つと「あ、もう上がり?僕も時短にしたいわ〜」と笑いながら言う。
声のトーンは完全に雑談モード。責めている様子はゼロ。
だから私も「あはは、そうですね」と愛想笑いで返してしまう。
……でも、帰りの電車の中でじわじわ来る。
あの一言、なんか嫌だったな、と。
笑顔で言われると、余計に言い返せない
もし「なんで早く帰るんですか」と真顔で言われたなら、まだ言い返せる気がする。
でも「いいよね〜」という羨望風の言葉は、攻撃じゃない体裁をしている。
反論したら「そんなつもりじゃないのに、重く受け取りすぎ」で終わる。——そういう空気が見えているから、私は笑って流すしかない。
時短の2時間は、べつに遊びに使っているわけじゃない。
保育園のお迎えで、夕飯を作って、お風呂に入れて、寝かしつけて、それからようやく翌日の仕事の準備をする。「楽」な2時間なんて、どこにもない。
でも、それを言えない。
言ったら「自分の事情を盾にしてる人」みたいに見られそうで。
悪意がないから、傷が残る
夜中に一人で頭の中でぐるぐるしながら、ふと気づいた。
同僚は私を傷つけようとして言っているわけじゃない。
ただ、私の時間の中身を、想像していないだけだ。
悪意があるなら「この人は敵だ」と割り切れる。
でも悪意がないとなると、傷ついた自分が「心が狭いのかな」と自己嫌悪に向かってしまう。——これが一番しんどい構造だと思う。
私がモヤモヤしていたのは、同僚の言葉そのものじゃなくて、「見えていない」と感じる孤独感だったのかもしれない。
自分の時間の密度を、誰にも知られていない感覚。それが週に何度も積み重なっていたんだな、と。
さいごに
悪気のない一言って、むしろ消化しにくいですよね。
怒る的がないから、モヤモヤが自分の中でぐるぐるするだけで。
「傷ついた私がおかしいのかな」じゃなくて、「見えていなかっただけ」と受け取り直すと、少しだけ心が軽くなるかもしれません。
同じようなモヤモヤを抱えている人が、どこかにいると思うから。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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