引っ越してきた当初から、なんとなく気になっていた。
「お互いさまの部分もあるし」と見て見ぬふりをしていたけれど、ある日ついに限界を超えた。
「昔からこうだから」の一言でかわされた
お隣に住む50代の男性は、自営業で日中も自宅にいることが多い。
問題は、週に何度かゴミ出しのルールを無視することだった。収集日でもないのにゴミを出したり、分別が明らかにおかしかったり。
ゴミ置き場の当番表を見れば、我が家の番の時に限って散らかっていることも多く、片付けるたびにじわじわとストレスが積み重なっていった。
ある朝、思い切って「収集日じゃないと持っていってもらえないみたいで……」と柔らかく伝えてみた。
返ってきたのは、「あぁ、昔からこうだから。他の住人は誰も気にしてないよ」という一言。
——これは話が通じないタイプだ。そう悟ると同時に、直接言いに行ったことを少し後悔した。
「また私が言いに行かないと」の消耗
問題はその後も続いた。
一度注意した手前、何かあるたびに「私が言いに行くべきか」というプレッシャーが生まれてしまった。
行けば角が立つ、行かなければストレスが溜まる。どちらに転んでも消耗する、という最悪のループだ。
夫に相談すると、「また直接言いに行くの? もっとこじれるんじゃない?」と心配された。
そうじゃない、こじれたくないから悩んでいるんだ——と言いたいところをぐっとこらえながら、ほかの方法を考えることにした。
班長に「事実だけ」を伝えてみた
思い出したのが、町内の班長さんのことだ。
自治会の集まりで何度か話したことがある、話しやすそうな方。思い切って電話し、「ゴミ置き場のことで少し困っていることがあって……」と、感情を抑えて事実だけを伝えた。
「隣の人が悪い」という言い方はせず、「こういう状況が続いていて、どうすればいいか迷っている」という相談のかたちにした。
班長さんは「わかった、私から話してみるね」と引き受けてくれた。
数日後、ゴミ置き場はきれいに整っていた。隣人が劇的に変わったのかどうかはわからない。でも、私が直接言いに行くよりずっとすんなり動いた。
「誰を通すか」で、こんなに変わるとは
振り返ってみると、最初に直接言いに行ったのは「早く解決したい」という気持ちからだった。
でも近所付き合いって、解決の速さより関係の継続のほうが大事なのかもしれない。
第三者を通すことで、私の「苦情」ではなく「地域のルール」の話になる。それが相手にとっても受け入れやすかったのだと思う。
「自分で解決しなければ」と抱え込む前に、一歩引いて「誰かに間に入ってもらえないか」を考えてみる。それだけで、自分のストレスはずいぶん軽くなった。
さいごに
近隣トラブルって、「どう言うか」より「誰を通すか」がカギになることって多いですよね。感情をぶつけずに一歩引く判断、簡単そうで実はとても難しいこと。あなたの周りにも、こんなモヤッとする場面はありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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