在宅で父の介護をしながら、外の刺激もあったほうがいいと思い、町内のシニア教室に行ってみた日。朝から機嫌よく鼻歌を歌う父を連れて、私は少し期待していた。
「常連さんでいっぱいだから」
会場の受付には近所で顔だけ知っている世話役の女性。私は「初めてです」と声をかけたのに、目を合わせてくれない。名簿から目を上げずに、「常連さんでいっぱいだから、あちらで待ってて」と壁際の椅子を指さされた。
始まると、皆さんは丸くなって体操。歌の時間になって歌集が配られていくのに、私と父には来ない。私は手を挙げかけたが、世話役が近づいてきて「今日は見学ね。初回は流れ見て」と手のひらで制した。
父は輪を見ながら私の袖をつまみ、小さな声で「帰ろう」。私は一瞬迷ったが、決めた。「帰ろう。今日はこれでおしまいにしよう」。父の上着を整えて、会場を出た。
父の「帰ろう」で私が決めた
家に戻る道では、悔しいよりも、合わない場所に無理やり合わせようとしていた自分に気づいた。常連だけで固まっている集まりに新しい人が来たら、ふつうは自己紹介や配布の確認くらいはあるはず。誰も悪者にしたくないけれど、説明もなく進むやり方の場に父を行かせられない。
翌日、地域の高齢者向け相談窓口に電話をした。事情を話すと、「少人数でスタッフが必ず声をかける歌のカフェがありますよ」と教えてくれた。週末、父と行ってみると、入った瞬間「初めまして」と名前を聞かれ、席も選ばせてもらえた。配られた歌詞カードは文字が大きく、最初の曲の前に「知らない曲はスキップしましょう」と一言。
休憩のとき、父が「昔よく歌ったやつ、ある?」と自分から話しかけ、曲名まで言っていた。リクエストが通ると、表情がやわらいだ。帰り道、「また行く?」に「うん」と返事。私も肩の力が抜けた。
合わない場所に居続けるより、合う場所を探す。介護中の外出は、本人にも付き添う側にも負担があるからこそ、居場所の選び方は大事だと実感した。私たちは、常連の輪に無理に混ざるより、私たちに合う場を選べばいい。
さいごに
人間関係が固まった場に無理に合わせ続けるより、自分が安心して参加できる場所を選び直すことも大切です。あなたなら、居心地の悪さを感じたとき、誰に相談し、どんな場を探しますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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