義母のことは、嫌いじゃない。本当に。ただ、帰り道にいつも、心のどこかがじわっと重くなる——そんな義実家通いが続いている。
悪意はないのだ、たぶん。むしろ親切心が溢れている人だと思う。元短大講師という経歴があり、言葉を選ぶことに自信があるらしい義母。でも、その「選ばれた言葉」が、毎回ちょっとだけ刺さる。
「パパ似でよかったわね♪」
子どもを抱いて義実家を訪ねるたびに、義母は目を細める。かわいいかわいいと言いながら、必ずこう付け足す。
「パパ似ね。よかったわ」
……よかった?
じゃあ、私似だったら、よくなかったってこと? 頭ではわかっている、褒めているんだと。でも「よかった」という安堵がにじむ一言に、毎回ほんの少し傷つく。
笑顔で「そうですか?」と返す私の心の中では、ひっそりとコレクションノートにメモが追加されていく。
「料理、上達したのね。最初はびっくりしたもの」
結婚して数年、実家に手料理を持参するようになってから言われ続けているフレーズがある。
「あら、おいしい。上達したのね」
ここまでは素直に嬉しい。問題はその後だ。
「最初はびっくりしたもの(笑)」
……最初、そんなにひどかった? 義母の中の「最初の私の料理」がどれほど衝撃的だったのか、逆に気になってしまう。フォローのつもりの「上達した」が、過去の失敗を蒸し返す一言になっているとは、きっと義母本人は気づいていない。
「その色、地味ね──でも落ち着いた人向けだもの」
ある日、グレーのカーディガンを着て訪ねたときのこと。義母はひとめ見て、こう言った。
「あら、地味ね」
一瞬だけ空気が止まる。でも義母は続ける。
「──でも落ち着いた人向けだもの。似合ってるわよ」
フォローが来た。来たけど……「地味ね」の三文字はすでに心に着地済みだ。フォローとセットだとわかっていても、最初の一言だけがくっきり残る。
これが義母語録の特徴だと気づいた。前半がちょっと刺さって、後半でフォローが来る。でも心に残るのは、いつも前半だけ。
悪い人じゃないから、余計にしんどい
もし義母が意地悪な人なら、距離を置くことを選べる。でも義母は本当に悪い人じゃない。子どもを溺愛してくれるし、体を心配してお惣菜を持たせてくれる。
だから余計に、「これくらいで傷ついてる私がおかしいのかな」と思ってしまう。
でも、たぶんそうじゃない。悪意がないから傷つけていいわけじゃないし、傷ついた私が過敏なわけでもない。言葉の角が少し鋭い人と、心の柔らかい部分がぶつかっている——ただ、それだけのことだ。
帰り道、夫に話してみたら「そんなこと言ったっけ?」とあっさり返された。
……義母の息子なだけあるな、と思った。
さいごに
「悪意がない」からこそ、怒ることも距離を置くことも、なんとなく申し訳なくなってしまう。そういう”フォロー付きの一言”を、そっと胸にしまいながら帰り道を歩いている人は、きっとたくさんいるはず。あなたの義母語録コレクション、どんな一言が入っていますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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