夫は毎日、リビングの隅でノートパソコンを開いていた。同じ空間にいる。でも、夫との距離がどんどん遠くなっていく気がした。
在宅勤務が始まってから、夫との会話はじわじわと減っていった。最初は「仕事が忙しいんだろうな」と思って話しかけられるのを待っていた。でも、気づいたら私は、夫と一週間ほとんど会話がない日々を過ごしていた。
「ちょっと待って」が、呪文みたいになっていた
話しかけると、夫は決まってこう返した。
「ちょっと待って、今ちょうど切りの悪いとこだから」
最初の数か月は、それで引き下がっていた。仕事中に邪魔するのは悪いと思っていたし、夫も悪意があるわけじゃないとわかっていた。
でも「ちょっと待って」は、待っても返ってこない。切りのいいところになっても、夫はそのまま別の作業に入っていた。私が話しかけたのかを、もう覚えていないみたいに。
夕食も、ほぼ無言だった。テレビをつけながら食べて、「ごちそうさま」だけ言って、夫はまたパソコンの前に戻る。それが毎日続いた。
——私、透明になってるのかな。
そんなことを、半分本気で思い始めていた。
積み重なった小さな「ひとり」
先日、スーパーで偶然、昔の友人に会ったという話をしたかった。ささいなことだけど、誰かに聞いてもらいたかった。
でも夫に話しかけると「うん、あとで」「今ちょっと」が返ってくる。あとで、はこない。
感情的になって責めたら、きっと夫は「仕事だから仕方ない」と言うだろうし、私も「そうだよね」と引いてしまうだろう。そのくり返しが目に見えていた。
だから私は、怒りを抑えながら、ひとりでやり過ごしていた。
でも、ある夜。洗い物を終えて、リビングに戻ったとき、また画面を見つめている夫の横顔を見て、何かがふっと緩んだ。
怒りじゃなくて、ただの、疲れだった。
「今日だけでいいから、聞いてほしい」
「ねえ」と、いつもより少し低い声で呼んだ。夫が顔を上げる前に、私は続けた。
「怒ってるわけじゃないし、責めるつもりもない。今日だけでいいから、30分だけ話を聞いてほしい」
夫は一瞬、何かを言いかけて、やめた。それから静かに「……わかった」と言って、パソコンを閉じた。
私は、最近ずっとひとりな気がしていること、話しかけるたびに後回しにされているように感じていたことを、できるだけ穏やかに話した。「あなたが悪い」じゃなくて「私はこう感じていた」という言い方で。
夫はしばらく黙っていた。
そして、ぽつりと言った。
「……俺、在宅になってから、ずっとしんどかったんだよな」
夫が初めて、本音を話してくれた夜
夫が話してくれたのは、想像していなかったことだった。
在宅勤務になってから、仕事と家庭の境界がなくなって、常に「どっちかに対して不十分」な感覚があったこと。オフィスにいたころは「帰宅」という区切りがあったけど、今は終わりがない。家にいるのに家族の時間に切り替えられていない後ろめたさもあった。でも、どこで区切ればいいかわからなくて、ずっと画面を見続けてしまっていた、と。
「お前に話しかけられるたびに、ちゃんと返せない自分が嫌だった。でも、どうしたらいいかもわからなかった」
そう話す、夫の目に涙が光っていた。
私はその言葉を聞いて、少し拍子抜けした。責められる覚悟をしていたのかもしれない。でも夫は、迷っていたのだ。ただ、うまく言葉にできなかっただけで。
私たちが決めた「小さなルール」で、何かが変わった
その夜から、私たちはいくつかのことを決めた。大げさなものじゃない。
夕食が終わったら、15分だけパソコンを閉じること。その日あったことを、どちらかが一つ話すこと。それだけ。
最初の一週間は、夫が忘れそうになったり、私がタイミングを見誤ったりした。でも、どちらかが「15分ね」と言うと、相手が「あ、そうか」と気づいて、パソコンを閉じるようになった。
今も完璧じゃない。忙しい日は「ごめん今日は無理」という日もある。でも、それを言えるようになっただけで、ずいぶん違う。
——同じ家にいるのに、ひとりじゃなくなった。
それが、一番大きな変化だった。
さいごに
近くにいるのに伝わらない、あのじわじわした孤独感。覚えがある人は、きっと少なくないはず。怒鳴らず、責めず、「今日だけ聞いて」と静かに伝えただけで夫婦の空気が変わったこの話、あなたはどう感じましたか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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