新一年生の名札をつける私の横で、息子は緊張で口をギュッと閉じていた。そこへ、ネクタイを締めた夫が片手で髪を整えながら言った。
「式は任せた。俺は接待がある」
え、朝から? 私の頭に疑問が浮かんだ。昨日、夫のスマホに「19:00集合」と書かれた予定がちらっと見えたからだ。でも、今日は息子の門出。ここで揉めたくない。私は我慢して、息子のシャツのボタンを留めた。
「式は任せた。俺は接待」
「母親の出番だろ? 写真はあとで見せて。スーツも暑いしさ」
夫は、玄関で革靴を履きながら笑った。息子は私の袖を握る。夫は普段から、靴下のラインが少し曲がっているだけで「曲がってる、直せ」と言う人だ。ランドセルの位置、髪の寝ぐせ、鉛筆の持ち方。全部気になるらしい。
「帰りは学童の迎え、頼むよ」
その一言を残して、夫は出ていった。
「母親の出番でしょ?」の押し付け
校門の前、同じクラスの家族が並んで写真を撮っていた。「パパは?」と何度か聞かれ、「仕事で」と笑って返す。息子はぎゅっと歯を食いしばっているように見えた。式のあと、担任の先生に挨拶をして、桜の前で二人で写真を撮った。息子は「ママ、手」と言って手を伸ばす。私は強く握り返した。
夕方、夫から「夜は遅くなる。任せた」の短いメッセージ。私は返信せず、夕飯を温め直し、入学祝いに届いた鉛筆に名前シールを貼った。息子は眠る前、「明日も学校?」と聞いた。私は「うん」と答え、布団をかけ直した。
同僚「入学式、連れてってごめん」
数日後、小学校の保護者説明会。体育館の入り口で並んでいると、近所に住んでいる夫の同僚の男性とその奥さんが声をかけてきた。前に一度、会社の家族会で会っている。
「この前の入学式の日、うちの会社、夜から取引先との顔合わせで…。旦那さん、うちの上司は『家の行事優先でいいぞ』って言ったのに、『俺は行かない』って付き合わせちゃって。息子くん、ごめんね」
同僚は、息子の目線にしゃがんで言った。隣で夫が固まる。私は、あの日見た「19:00集合」の文字を思い出していた。
息子「来なくてよかった」
息子は首をかしげて、間を置かずに言った。
「来なくてよかった。パパいると、靴下が曲がってるとか、ずっと怒ってるから」
同僚の妻が眉を寄せ、同僚は小さく咳払いした。夫は耳まで赤くして、息子の前にしゃがむでもなく、私の方を見た。
「俺、そんなに言ってるか?」
私が答える前に、息子が続けた。「ランドセルも『曲がってる』って。写真も早くしろって、全然笑えない」
夫は目を伏せ、同僚に向き直った。
「すみません。あの日、午前は行けたんですけど…俺が決めました」
帰宅後の約束と、朝が変わる
家に戻ると、夫はスーツの上着を椅子にかけ、息子の部屋の前で立ち止まった。
「悪かった。入学式、行けたのに行かなかった。…それと、細かいこと言いすぎてた。明日から、言い方変える。まずは『できたところ』を言う」
居間に戻ると、夫は手帳を開いた。
「来月の授業参観、半休取る。連絡帳も毎日見る。朝の支度は俺が見るよ」
言葉だけで終わらせたくなくて、私は具体的に頼んだ。
「じゃあ明日の朝、起きる時間を10分早めて。靴下の線が曲がってても、学校に間に合う方を優先して」
夫はうなずいた。その夜、息子の机に、新しい下敷きとメッセージが置かれていた。「入学おめでとう。パパより」。
翌朝、夫は「シャツ、自分で選べたね」と先に褒めてから、「名札、見える場所につけようか」と提案していた。息子は鏡を見ながら、自分で位置を直した。私の奥にあったなにかががふっとなくなった。
その後
授業参観の日、夫は本当に半休を取り、教室の後ろで静かに立っていた。帰りは三人で文房具店に寄り、息子が選んだ星柄の消しゴムを買った。朝の支度は今も夫が隣につき、気になることがあってもまず「いいね」を言う。細かい口出しは、ぐっと減った。
夫の同僚家族とは、学校で会えば普通に挨拶する。あの日の謝罪は、私たち家族を見直すきっかけになったと、今は思っている。
さいごに
家族の節目は、準備を任せることと、関心まで手放すことではありません。仕事と家庭の予定が重なったとき、あなたなら子どもとどんな相談をしますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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