義実家から帰る車の中がいちばん重い。
笑って過ごしたはずなのに、シートに体を預けるとどっと疲れが出る。
いつからこうなったんだろう、と毎回思う。
「さりげない比較」が刺さる
結婚8年目の今も、義母の比較は続いている。
怒鳴らない。嫌み顔もしない。ふんわり笑って、上品な口調でさらっと言う。
「ハヤシライスって珍しいわね。お義姉さん、いつもミートソースを手作りしてくれるのよ、絶品で♪」
「あら、その色、似合うわよ。でも○○ちゃん(夫の友人の奥さん)はいつもパステルで本当に可愛いの」
「子どもって難しいわよねえ。お友達の息子さんのお嫁さんは習い事の選び方が上手で、ピアノもサッカーも両立させてるのよ」
どれも「あなたはダメ」とは言わない。けれど、話が終わるころには、自分の居場所が少し小さくなった気がする。
笑顔で受け流すのが精いっぱい
その場では「そうなんですね〜!」と笑って返す。
反論すれば「比べてなんかいないわよ、ただそう思って」と返ってくるのが目に見えている。夫の顔を立てたい気持ちもある。
でも、しんどい。
帰りの車で助手席に座ると、変な疲れだけが残る。「今日もいろいろ言われたな」と頭の中で並べていたら、運転する夫が口を開いた。
夫「俺もずっとそれだよ」
「……ごめんな、うちの母。また比べてたよな」
「まあ、いつものことだし」と私。
少し間があって、夫が続けた。「俺も小学生の頃からずっとそれだよ。隣の〇〇くんは足が速いとか、従兄の△△くんは成績がいいとか。慣れた」
慣れた、か。
思わず笑ってしまった。おかしいのに、ちょっと泣きそうでもある。「それ、絶対しんどかったじゃん」と言うと、夫は「まあね」と肩をすくめた。
義母は悪気でやっているわけじゃないのかもしれない。けれど、家の中では昔から誰かと誰かを静かに比べるのが常だったのだ、と腑に落ちた。
それ以来、義実家からの帰り道は、夫と「今日はどれが一番きつかった?」と挙げ合う時間になった。
解決はしていない。義母は今日もいつも通り。
けれど、二人で受け止めるだけで、帰り道の重さは少し軽くなった。
さいごに
悪気のないひと言でも、比べられる側には積み重なって効いてきます。受け流すだけで疲れる日もありますよね。
夫婦で「今日はこれがきつかった」と分け合うだけで、心の置き場ができることも。
あなたの家では、どんな一言が残っていますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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