義兄が地元に戻ってきたのは、秋が深まりかけた頃。
単身赴任が終わり、久しぶりに実家に集まった日、思ってもいない言葉を浴びた。
義兄「一度で全部わかった」
義父は3年前から膝の具合が悪く、月に何度も整形外科に通っている。
夫の仕事の都合もあって、送迎のほとんどは私の担当。早い日は朝7時台に家を出て、待ち時間まで入れると半日がかりになることも珍しくなかった。
義兄が付き添ったのは、その3年間でたった一度だけ。それなのに、再会した食卓で義兄は言った。
「俺が見ていたら、もっとちゃんとした病院に連れて行けたのに。素人に任せっぱなしにしてた俺たちが間違いだった」
素人、か。返す言葉が見つからなかった。
「客観的」って、いつ見たの?
義兄の発言は止まらない。
「一度付き添ってみてわかったけど、あの病院は待ち時間が長すぎる。親父、疲れてたよ」
「介護って、素人がやると本人が一番かわいそうなんだよな」
3年間、義父は「今日は寒いから気をつけて」と私に声をかけ、「いつもありがとう」と小さく礼を言ってくれた。そんなやり取りを、一度しか見ていない人にまとめて否定された気がして、言葉が出ない。
夫が「ちゃんとやってきたよ」と言ってくれた。けれど義兄は「いや、俺はもっと客観的に見えてるから」と譲らない。
客観的? 一度しか来ていないのに。
怒りより、先に来たのは悲しさ
正直、すぐには怒れなかった。先に来たのは虚しさだ。3年間、私は役に立てていたのかな。義父は満足していたのかな。頭の中で同じ疑問がぐるぐる回った。
思い出したのは、ある夜のこと。義父が私の手を握って言った。
「本当に助かってるよ。毎週ありがとうな」
待合室で「今日は混んでるね」と並んで座ったこと。帰り道に好きな和菓子屋へ寄り道したこと。雨の日に傘を差し出したら「気が利くなあ」と笑った顔。
その小さな時間を一番知っているのは、義父だ。
義父の「ありがとう」は消えない
義兄が何を言おうと、義父がくれた「ありがとう」は確かにそこにある。
専門家でなければできないことはある。でも、毎週顔を見せること、話を聞くこと、「寒くなかった?」と気にかけること。それにもちゃんと意味がある。
誰かに「素人」と呼ばれても、その積み重ねは消えない。
義兄とはこれからも付き合っていく。すっきり片づいた話ではない。それでも、あの「ありがとう」を思い出すと、私は自分のしたことを信じ直せる。
さいごに
長く関わったことほど、横からの一言で傷つきます。けれど、そばにいた人の「ありがとう」は確かに残りますよね。
家族のケアや送迎を軽く言われて落ち込んだこと、ありませんか?
そのとき、あなたを支えた言葉は何でしたか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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