義父の介護が始まったのは、私が40代の半ばを過ぎた頃だった。
夫の兄——元銀行員の義兄(当時51歳)が「お金のことはプロの俺に任せておけ」と言いきったあの日から、じわじわとした違和感が積み重なっていく。
「細かいことは気にするな」が口癖だった
義父が要介護2の認定を受けた直後、義兄は真っ先に義父の通帳と印鑑を手元に集めた。
「俺は金融機関に長くいたんだ。資産管理はプロに任せるのが一番だろう」
口調は穏やかだったけれど、有無を言わせない空気があった。夫も「兄貴が言うなら」と頷いてしまい、私は反論のタイミングを逃した。
デイサービスの利用料、訪問介護の費用、薬代
——介護にかかるお金を義兄に請求するたびに、返ってくるのは「立て替えておいて、あとで精算する」という言葉だけ。精算の明細は一度も届かなかった。
「細かいことは気にするな、ちゃんとやってるから」
その一言で、いつも会話が終わった。
数字が合わない。ずっとそう感じていた
私が本格的に記録をつけ始めたのは、介護が始まって8か月ほど経った頃だ。
デイサービスの領収証、薬局のレシート、訪問介護の請求書——手元に残るものをすべてクリアファイルに入れ、Excelに打ち込んでいった。並行して、義兄が「精算した」と言った金額もメモしておく。
どう計算しても、数千円から数万円単位でズレが出る。
——気のせい、じゃないよな。
ある月、義父の介護保険の利用明細を確認しようとしたら、「通帳は俺が預かってるから見せられない」と断られた。義父本人に聞いても、「全部お兄ちゃんに任せてるよ」と穏やかに笑うだけ。
私は黙って記録を続けた。感情的に問い詰めても、元銀行員の義兄に言葉では勝てない。そう思ったから。
5年分のファイルが、静かに積み上がった
介護開始から5年が経つ頃には、私の手元にはA4のクリアファイルが12冊になっていた。
領収証の原本コピー、振込依頼書の控え、義兄からの「精算しました」LINEのスクリーンショット、私が立て替えた金額のExcel一覧。そして——ある日、義父が「これ、持っててくれるか」と封筒をそっと差し出してくれた。義父名義の通帳のコピーが数枚入っていた。
「何か変だと思ってたんだ。でも、お兄ちゃんに言えなくてな」
義父自身も、ずっと気になっていたのだ。
通帳のコピーを見ると、見覚えのない引き出しが複数回あった。月に一度、まとまった額が現金で引き出されている。介護費用の領収証と突き合わせると、用途が説明できない引き出しを合算して5年間の総額は百万円単位に達していた。
——これは、もう私一人で抱えてはいけない。
社会福祉士の前で、数字を並べた日
ちょうどその頃、担当ケアマネージャーが「地域の相談窓口で社会福祉士を交えたケア会議を開きましょう」と提案してくれた。私はそこに、12冊のファイルを持ち込んだ。
義兄も同席していた。
社会福祉士の方が丁寧に資料を確認しながら、「この引き出しの用途を教えていただけますか」と義兄に問いかけた。
義兄は最初、「説明が面倒なだけで、全部介護費に使ってる」と強弁した。
でも——社会福祉士が私の家計簿と通帳の数字を並べ、「この月の引き出し額と領収証の合計に○万円の差がありますが」と静かに指摘した瞬間、義兄の顔から みるみる血の気が引いていった。
「それは……その……」
言葉が続かなかった。
——数字は、嘘をつかない。
「不適切な管理」と認定され、義兄は完全に外された
会議のあと、社会福祉士から成年後見制度の申立てを強く勧められた。
「義父さんの財産を守るために、第三者が管理する仕組みを整えましょう」
その言葉に、私はようやく息ができた気がした。
申立ては家庭裁判所へ。調査の過程で義兄による不適切な口座管理が正式に認定され、義兄は義父の財産管理から完全に外れることになった。後見人には、弁護士が選任された。
義兄はその後、親族の集まりに顔を出さなくなった。「説明が面倒なだけだ」——あの言葉が今も耳に残っているけれど、積み上げた12冊が全部答えを出してくれた。
記録が、私と義父を守ってくれた
後見が始まってから、義父の介護費は透明に管理されるようになった。
私が立て替えてきた費用の一部も、記録があったおかげで正式に精算されることになった。5年間つけ続けた家計簿が、ここで役に立つとは思っていなかった。
介護は体力も時間も奪っていく。その上に「お金の不安」まで重ねて抱えることの消耗は、経験した人にしかわからないと思う。
さいごに
「任せておけ」という言葉の裏に何があるかは、外からは見えません。だからこそ、介護費用はどんなに小さな領収証でも手元に残しておくことが、自分と家族を守る一番の手段になるかもしれませんね。
もし「数字が合わない」と感じているなら、それは気のせいじゃないかもしれない。ケアマネや地域の相談窓口に声をかけてみることが、最初の一歩になることもあります。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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