感じのいいお母さんだと思っていた。
話しかければ笑顔で返してくれるし、懇談会でも場を和ませるタイプ。
なのになぜか、話を聞いてもらえた気がしたことが一度もない。
「うちの子からは、何も聞いていなくて」
娘が小学2年生になった春ごろから、クラスの女の子グループでちょっとしたすれ違いが続くようになった。
「○○ちゃんに仲間はずれにされた」と泣いて帰ってくる娘を見て、相手のお母さんに話を持ちかけてみた。
返ってきたのは、こうだった。
「あら、そうなんですね。うちの子からは何も聞いていなくて……」
穏やかな口調で、困ったような表情。悪意があるようには見えない。
——まぁ、子どもが親に全部話すとは限らないよね。
そう自分に言い聞かせて、その場は終わった。
2回目も、3回目も、同じ言葉が返ってくる
トラブルはその後も形を変えて続いた。娘が悲しそうにしているたびに、私はなんとか場を収めようとした。
2度目に話したとき。
「うちの子、あんまりそういうこと話してくれないので……」
3度目。
「子ども同士のことは、なかなか把握できなくて」
毎回、やわらかくかわされる。毎回、会話が終わるころには私のほうがなんとなく「大げさだったかな」という気持ちになっている。
——あのお母さんが悪いわけじゃない。私が気にしすぎなのかも。
そう思わせる空気がある。うまいな、と今なら思う。
娘がさらっと言った、一言
ある夕方、娘が学校から帰って来るなりランドセルを下ろしながら言った。
「ねえ、○○ちゃんってさ、『お母さんには全部話してる』って言ってたよ。お母さんがいつも聞いてくれるから、って」
何気ない口ぶりだった。娘にとっては、ただの雑談のひとつ。
でも私の中で、ピースが合わさるような感覚があった。
——全部、知ってたんだ。
怒りというより、妙な納得感が先に来た。「やっぱりそうか」という、あの感じ。ずっとぼんやりしていた霧が、すっと晴れたような。
「うちも一言一句同じだった!」
翌日、仲のいいママ友にこの話をしたら、即座にこう返ってきた。
「わかる。うちも去年、まったく同じ展開だった。毎回『聞いてない』って言うんだけど、後から子どもが普通に知ってたって話してくれてさ」
「しかも向こう、こっちの話を子どもから全部仕入れてたっぽいんだよね」
——あ、それも同じだ。
こういう話をすると、意外なほどすぐに「うちも!」「あるある!」と声があがる。特定の誰かが特別に悪いというより、どこの学校にも、どの学年にも、似たような構図が存在しているのかもしれない。
感じがいいから余計に気づきにくい。穏やかだから余計に「私が悪いのかな」と思ってしまう。
でも、あの日の娘の一言が、ずっとモヤモヤしていた気持ちをそっと代弁してくれた気がした。
さいごに
「知らなかった」と言いながら実は全部知っていた——そんなすれ違いは、子育て中の親なら一度はぶつかるものかもしれません。
怒るより先に「やっぱりそうか」と納得してしまう、あの複雑な気持ち、わかる方も多いのではないでしょうか。
あなたにも、似たような経験がありますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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