営業部の課長・田辺さん(仮名)は、「結果がすべて」が口癖の50代だった。私がその言葉を正面から受けることになったのは、入社4年目の秋のことだ。
「土日も動けない人間は、うちにはいらない」
発端は、金曜の夕方に突然入った全体連絡だった。
「来週末の土曜、客先への提案資料を仕上げる。全員出社で」
チャットを見た瞬間、胃がきゅっとなった。翌週末はもともと有給を申請していた。家族の用事があったからだ。
恐る恐る「翌週末は先に予定を入れていて……」と伝えると、田辺課長の返事はひと言だった。
「土日も動けない人間は、うちにはいらないから」
その言葉が、チームのグループチャットに、全員が見える形で流れてきた。
「また始まった」と苦笑いするしかなかった日々
それが初めてではなかった。
田辺課長は以前から、突発的な休日出勤を「当然」として扱っていた。断った人間には「やる気がない」「チームへの貢献が足りない」とレッテルを貼る。誰かが体調不良で休むと「気合いが足りないんじゃないか」と場の空気を凍らせた。
チームのメンバーは、表立って何も言わなかった。ただ、昼休みに誰かが「また言ってるよ……」と苦笑いするだけ。私もその一人だった。
でも今回は違った。
家族に関わる話だった。それ以上に、このままチームが静かに崩れていくことへの、言いようのない焦りがあった。
——感情的になっても何も変わらない。でも、黙っているのも違う。
転職という選択肢が頭をよぎったのは正直なところだ。それでも私は、まず「話す」ことを選んだ。
「2者面談、30分だけもらえませんか」
翌週月曜、私は田辺課長にメッセージを送った。
「先日の件も含めて、少し話をさせていただけないでしょうか。課長と私の2人で、30分だけ」
返事は思ったより早く来た。「……わかった、水曜の昼にしよう」
話し合いの場で、私は自分の感情をぶつけることはしなかった。「あの発言は傷つきました」と伝えることより、もっと大事にしたいことがあった。
「課長から見て、今のチームの状態はどう見えていますか?」
最初、田辺課長は少し戸惑った様子だった。でも、ポツポツと言葉が出てきた。
「……正直、人が足りてない。今期は案件が重なって、俺も綱渡り状態なんだ」
無茶な要求の裏に、人員不足への焦りと、課長自身が上から受けているプレッシャーがあった。「強い言葉」は、余裕のなさの裏返しだったのだ。
不思議と怒りが引いていった。
共感したわけではない。あの言葉が傷ついたことは変わらない。でも、「なぜそうなっているか」が見えたとき、対立のための言葉より、解決のための言葉を探す気持ちに切り替わった。
私は続けた。
「休日対応が必要な場合は、事前に1週間以上の余裕をもって共有してほしい。それと、個人のプライベートな予定への配慮を、ルールとして全員に共有できないでしょうか」
「……俺も言い方がまずかった」課長が静かに折れた瞬間
田辺課長はしばらく黙っていた。
沈黙が続くほど、私の心臓は静かに脈打っていた。——怒鳴り返されるかもしれない。でも、ここで引いたら何も変わらない。
それからゆっくりと、課長は口を開いた。
「……そうだな。俺も言い方がまずかった」
あの強気な口調はどこにもなかった。グループチャットで全員に向けて言い放った人間と、同じ人物とは思えないほど、その声は小さかった。
翌週の朝礼で、田辺課長はチームに向けて謝罪した。長い言葉ではなかったが、確かな重みがあった。メンバーが顔を見合わせていたのを、今でも覚えている。
職場が、少しずつ変わっていった
それから2週間後、休日対応のルールが正式に文書化された。
「今週末どうしよう……」という誰かのため息が、聞こえなくなった。昼休みの「また言ってるよ」という苦笑いも、いつの間にかなくなっていた。
田辺課長が変わったというより、話し合う場所ができたことで、全員が少しずつ声をあげやすくなった。そういう変化だった。
転職という選択をして辞表を書いていたら、私はここにいなかった。感情的に「あの発言はひどい!」とぶつけていたら、たぶん課長は防衛反応で壁を作っていた。
対立より対話のほうが、ずっと遠くまで届く——そう実感した出来事だった。
さいごに
怒りをぐっと抑えて「話す」ことを選んだ、その静かな一歩が職場の空気を良い方向に動かしました。理不尽な言葉をぶつけられたとき、感情のまま返すより難しいけれど、もっと強い方法があるのかもしれません。あなたなら、どうしますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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