彼との結婚を楽しみにしていたはずなのに。ブライダルフェア当日、式場のドアを開けた瞬間から、その場の空気はどこか重苦しかった。
私のとなりに並んで歩くのは、彼と、彼の母。——「元花嫁修業の講師」という肩書きを、事あるごとに思い出させてくる人だった。
「白ドレスは花嫁失格よ」
ブライダルフェアに彼の母が同行することになったのは、「一緒に考えたい」という申し出を彼が断りきれなかったから。
私はそのとき、まだ楽観的だった。
——せいぜい少し意見を言うくらいだろう、と。
式場に着くなり、担当のプランナーさんが温かく迎えてくれた。三十代後半くらいの、落ち着いた雰囲気の女性。
カタログを広げて「どんなイメージをお持ちですか?」と聞かれ、私が「シンプルな白いドレスが好きで……」と言いかけた瞬間だった。
「白は今どきじゃないのよ。カラードレスを重ねてこそ、今の花嫁でしょう。ねえ?」
彼の母が、プランナーさんに同意を求めながら、私の言葉を綺麗に遮った。
「素人が照明を選ぶと後悔するわよ」
その後も、彼の母の口は止まらなかった。
装花の色を「葬式みたい」と言い、私が選んだ料理のコースを「ゲストへの気遣いが足りない」と一蹴し、披露宴の演出案には「昔ながらのほうが品がある」とひとこと。
彼は隣でずっと黙っていた。
口を挟もうとするが、でも言えない——そんな顔をしていた。
私もだんだん言葉が出なくなっていた。
——ここ、私たちの式場選びのはずなのに。
「照明の当て方ひとつで写真の仕上がりが全然違うのよ。素人目で決めると後悔するわよ」
彼の母がそう言い放った瞬間、プランナーさんがほんの少し、表情を変えた。
プランナーさんが、静かに動いた
「少し補足させてください」
声のトーンはやわらかいままだった。でも、どこか芯のある声だった。
「白ドレスは現在も圧倒的に人気がございます。最近の素材やデザインの進化で、むしろ白がもっとも映えるシーンが増えているんです」
彼の母が「でも昔から——」と続けようとすると、
「おっしゃる時代のトレンドとは、ここ数年で大きく変わっています。実は先月、業界の式場評価誌でも今季のドレストレンドについて取材があったのですが……」
と、さらりと言った。
彼の母の手が、カタログの上で止まった。
照明の話になると、プランナーさんは実際の写真を画面に映しながら「同じ衣装でもこれだけ印象が変わります」と丁寧に見せていく。責めるのではなく、ただ正確な情報を重ねていく——それが、いちばん効いていた。
「……そうなの」しか言えなくなった
説明が進むにつれて、彼の母の発言はどんどん短くなっていった。
「……そうなの」
「……へえ」
「……最近はそういうものなの」
プランナーさんは終始にこやかで、一度も彼の母を責めるような言葉を使わなかった。ただ、専門家としての知識を、静かに、丁寧に、丁寧に並べていくだけ。
気づけば、会話の主導権は私とプランナーさんに戻っていた。
「こちらのドレスはいかがでしょう。○○さんのご希望に一番近いと思います」
私の名前を呼んで、私に向けて提案してくれた。
その瞬間、涙が出そうになったのを今でも覚えている。
式は、白ドレスで挙げた
式場を出ると、彼の母は「疲れたから」と先に車へ戻った。
彼とふたりで駐車場を歩いていたとき、彼がぽつりと言った。
「……母さん、今日はやりすぎた」
初めて聞く言葉だった。私は何も言わなかった。ただ、少し肩の力が抜けるのを感じた。
その後、彼は「あれからちゃんと話した」と教えてくれた。式の準備は私たちが主体で進めること。決定権は私たちにあること。
式は、半年後に白ドレスで挙げた。
装花も、料理のコースも、全部私たちが選んだものだった。
さいごに
自分の人生の大切な決断なのに、気づけば他の人の意見に押しつぶされそうになる——そんな経験、ありませんか?
プランナーさんの静かな一言が場の空気を変えたように、正しい知識はやさしくても確かに届くものですね。あなたの大切な選択が、誰かの声にかき消されませんように。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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