同じクラスのママから来る通知は、行事の確認や写真のやりとりがほとんど。気さくで、悪気のない人だと思っていた。あの日の一通までは。
「今日、迎え行って?」の通知
午後四時前、机の上でパソコンに向かっていると通知がきた。
「今日、園のお迎えお願いできる? 今どうしても出られなくて」
時刻を見ると、迎えの時間まであと少し。
これまでも「配布物の予備、余ってたら写真送って」「買い忘れたので帰りに寄れたら…」と頼まれることは何度かあった。できる範囲なら協力してきたけれど、迎えは別物。先生への引き継ぎもあるし、間違いがあったら取り返しがつかない。
私「今日は無理」→数分後の一言
キーボードから手を離して、短く返した。
「ごめん、今日は退勤が遅くなる。迎えは行けない。園に延長の連絡、してみて」
既読はすぐ付いた。数分待って、返ってきたのは一言だけ。
「使えないね」
目を疑って、画面をもう一度読み直した。誤送信かと「え?」と声が出たけれど、続きは来ない。指先が止まり、画面を伏せた。
「使えないね」に手が止まる
頼るのはお互いさま。私も助けてもらったことがある。でも、断った瞬間にこの言葉だと、私そのものが道具みたいに扱われた気がして、力が抜けた。
言い返すか迷ったけれど、やり取りを長引かせても仕事は進まない。水を一口飲んで、通知を閉じ、残りのタスクに戻った。
帰宅後、連絡アプリの通知はミュートにした。行事の係は、すでに決まっている分だけを予定通り進める。追加の頼みごとはその場で決めず、「一度予定を見てから返すね」で統一。顔を合わせれば挨拶はするけれど、雑談は短めに切り上げる。約束は私の都合を見てから決める、と決めた。
数日後、別のママから「この前、急にお願いしちゃってごめんねって言ってたよ」と聞いた。謝られたからといって、元どおりに戻るつもりはない。できる日は助ける、無理な日は無理と言う。その線引きは私がする。
あの一言は痛かった。でも、私の中での目安がはっきりした出来事でもあった。誰かの都合と自分の生活。その間にある時間や責任は、私が背負っている。だから、手が回る日にだけ、できる分だけ助ける。それで十分だと思う。
さいごに
短い一言は刺さりますよね。助けたい気持ちと、急には動けない現実、どちらもあります。相手の都合を全部は背負わなくていい。あなたなら、こんなお願いが来たら、どこまで引き受けますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



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